鳥インフルエンザの殺処分について考える〜かわいそう、もったいないという声の背景にあるもの
はじめに
毎年、冬の時期になると「○○県で鳥インフルエンザ発生、数万羽を殺処分」というニュースが流れます。そのたびに、SNSやネット上では「かわいそう」「もったいない」という声が上がります。
確かに、たった1羽の感染が確認されただけで、何万羽もの健康な鶏まで殺処分されてしまう現実は、誰が見ても心が痛むものです。この記事では、鳥インフルエンザによる殺処分の実態と、私たちができることについて深く考えていきます。
2023年の鳥インフルエンザ被害の実態
2023年の鳥インフルエンザシーズンは、日本の養鶏業界にとって記録的な被害をもたらしました。全国各地で発生が相次ぎ、殺処分された鶏の数は1700万羽以上に達しました。これは過去最大規模の被害となり、養鶏農家だけでなく、卵や鶏肉の供給にも大きな影響を与えました。
この数字を聞いて、多くの人が驚くのではないでしょうか。1700万羽という数は、想像を絶する規模です。それだけの命が、病気の拡大を防ぐために失われたのです。
なぜこれほど大規模な殺処分が必要なのか
鳥インフルエンザは非常に感染力が強いウイルスです。特に高病原性鳥インフルエンザは、鶏に感染すると致死率がほぼ100%に達することもあります。さらに恐ろしいのは、このウイルスが変異して人間に感染する可能性があるという点です。
そのため、日本ではたった1羽でも感染が確認されれば、その農場のすべての鶏を殺処分するという厳格なルールが定められています。これは「清浄国」としての地位を守り、国際的な取引を維持するためでもあります。
「1羽陽性=全羽殺処分」の現実
養鶏場で飼育されている鶏は、数万羽から数十万羽に及ぶことも珍しくありません。その中のたった1羽が陽性と判明しただけで、農場内のすべての鶏が殺処分の対象となります。
健康な鶏まで殺処分される理由
この措置は一見すると過剰に思えるかもしれません。しかし、鳥インフルエンザの潜伏期間や感染の速さを考えると、1羽が陽性ということは、すでに多くの鶏が感染している可能性が高いのです。
また、ウイルスの拡散を完全に防ぐには、感染の可能性がある個体をすべて排除する必要があります。「もったいない」という気持ちは当然ですが、感染拡大を防ぎ、他の農場や野鳥への伝播を止めるためには、やむを得ない措置なのです。
殺処分の方法と現場の実態
殺処分は、家畜伝染病予防法に基づいて実施されます。主な方法として、以下のようなものがあります。
主な殺処分方法
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炭酸ガス(CO2)による窒息死 最も一般的な方法で、コンテナ内に鶏を入れ、高濃度の炭酸ガスを充満させます。比較的苦痛が少ないとされていますが、大量の鶏を処理するには時間がかかります。
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頸椎脱臼 小規模農場で用いられることがあります。首の骨を外すことで即死させる方法ですが、大規模農場では現実的ではありません。
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泡沫による窒息 鶏舎内に特殊な泡を充満させ、呼吸できなくする方法です。鶏舎から鶏を移動させる必要がないため、ウイルスの拡散リスクを減らせます。
いずれの方法も、動物福祉の観点から「できるだけ苦痛を与えない」ことが重視されていますが、完璧な方法は存在しません。
関わる職員の精神的苦悩
殺処分の現場で働く人々の心の負担は、想像を絶するものがあります。
農家の方々の悲痛な叫び
長年大切に育ててきた鶏たちを、自らの手で処分しなければならない農家の方々の苦悩は計り知れません。多くの養鶏農家は、鶏に愛情を持って接してきました。毎日餌をやり、健康状態を確認し、卵を産んでくれることに感謝しながら飼育してきたのです。
それらすべてが、ウイルス検出の一報で崩れ去ります。何世代にもわたって築いてきた農場が、一夜にして「ゼロ」になるのです。経済的な損失はもちろんですが、精神的なダメージは金銭では測れません。
殺処分作業に携わる職員
獣医師、自治体職員、自衛隊員など、殺処分作業に携わる人々も大きなストレスを抱えています。防護服を着て、何万羽もの鶏を処分し続ける作業は、肉体的にも精神的にも過酷です。
作業後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)のような症状を訴える人もいると報告されています。「かわいそう」と感じるのは、殺処分を実行している人々も同じなのです。
密集飼育が生む悲劇
なぜ、1羽の感染が何万羽もの殺処分につながるのでしょうか。その背景には、現代の畜産における密集飼育の問題があります。
ケージ飼育の実態
日本の養鶏場の多くは、「バタリーケージ」と呼ばれる狭いケージに鶏を入れて飼育しています。A4用紙1枚分ほどのスペースに1羽の鶏が入れられ、身動きもままならない状態で一生を過ごします。
このような環境では、鶏同士が密接に接触するため、一度ウイルスが侵入すると瞬く間に感染が広がります。まさに、感染症の温床となる環境なのです。
新型コロナウイルスから学ぶべきこと
私たちは2020年からの新型コロナウイルスのパンデミックで、「密」の危険性を身をもって体験しました。「密閉・密集・密接」を避けるよう呼びかけられ、ソーシャルディスタンスの確保が推奨されました。
人間には「密を避けろ」と言いながら、鶏には極限まで密集した環境を強いているのは、明らかな矛盾です。もし鶏たちがもっとゆとりのある環境で飼育されていれば、感染の広がりは遅くなり、殺処分の規模も小さくなる可能性があります。
アニマルウェルフェアの視点から
アニマルウェルフェア(動物福祉)とは、動物が心身ともに健康で、本来の行動をとれる状態で飼育されることを目指す考え方です。
分散飼育のメリット
密集飼育を避け、鶏を分散して飼育することには、多くのメリットがあります。
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感染症のリスク低減 鶏同士の距離が保たれることで、ウイルスの伝播速度が遅くなります。一つの区画で感染が発生しても、他の区画への影響を最小限に抑えられます。
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鶏のストレス軽減 適度な空間があれば、鶏は羽ばたいたり、砂浴びをしたり、止まり木に止まったりという本来の行動ができます。ストレスが減ることで免疫力が高まり、病気にかかりにくくなります。
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殺処分規模の縮小 万が一感染が発生しても、影響を受ける鶏の数を大幅に減らせます。数万羽ではなく、数百羽の殺処分で済む可能性があります。
世界の動き
ヨーロッパでは、動物福祉の観点から、バタリーケージの使用を禁止する国が増えています。より広いスペースを確保した飼育方法や、放し飼い(フリーレンジ)が推奨されています。
日本でも徐々に意識が高まってきていますが、まだまだ密集飼育が主流です。消費者の意識変化が、この状況を変える大きな力になります。
「もったいない」を減らすために私たちができること
「殺処分はかわいそう、もったいない」と感じるのは自然な感情です。しかし、その感情を行動に変えなければ、状況は何も変わりません。
日頃の卵の選び方が未来を変える
私たち消費者の選択が、養鶏業界のあり方を決めています。毎日の買い物で、どんな卵を選ぶかが重要なのです。
安さだけで選ばない
スーパーで最も安い卵を選んでいませんか。格安の卵の多くは、密集飼育によって生産されています。低価格を実現するために、鶏はより狭いスペースに押し込められ、効率的に卵を産まされています。
「少し高いから」と敬遠せず、鶏の飼育環境を考えた卵を選ぶことが大切です。
平飼いや放し飼いの卵を選ぶ
「平飼い卵」「放し飼い卵」と表示されている卵は、鶏がケージに閉じ込められず、地面を歩き回れる環境で育てられています。このような卵は価格が高めですが、その分、鶏の福祉に配慮された飼育が行われています。
分散飼育により感染症のリスクも低く、万が一の際の殺処分規模も小さくなります。
認証マークを確認する
- アニマルウェルフェア畜産協会認証
- 有機JAS認証
これらの認証マークがついた卵は、動物福祉や環境に配慮した飼育方法で生産されています。
情報を知り、周りに伝える
鳥インフルエンザの殺処分問題について、多くの人が詳しく知りません。この記事を読んで得た知識を、家族や友人に伝えてください。
「なぜこんなに大量の殺処分が必要なのか」「密集飼育とどう関係しているのか」「私たちに何ができるのか」
こうした対話が広がることで、社会全体の意識が変わっていきます。
地元の農家を応援する
大規模な工場式畜産ではなく、小規模で丁寧に鶏を育てている地元の農家を探してみましょう。直売所や農家直営の店舗で卵を購入することで、動物福祉に配慮した農家を経済的に支援できます。
顔の見える関係で卵を買うことは、生産者にとっても励みになり、より良い飼育環境の維持につながります。
畜産のあり方を見直す時
鳥インフルエンザによる大量殺処分は、決して避けられない自然災害ではありません。人間が作り出した密集飼育システムが、被害を拡大させている側面が大きいのです。
効率優先からの脱却
戦後、日本の畜産は「いかに安く、大量に生産するか」を追求してきました。その結果、鶏は狭いケージに閉じ込められ、卵を産むための機械のように扱われてきました。
しかし、この方法は持続可能ではありません。感染症のリスクが高く、一度発生すれば甚大な被害をもたらします。また、動物倫理の観点からも問題があります。
新しい畜産のモデル
ヨーロッパや一部の先進的な農家では、動物福祉と生産性を両立させる新しい畜産のあり方が模索されています。
- アニマルウェルフェア型畜産:鶏に適切なスペース、自然光、巣箱などを提供
- アグロエコロジー:環境と調和した持続可能な農業システム
- 小規模分散型飼育:大規模集約ではなく、適度な規模での飼育
これらの方法は、コストは高くなりますが、感染症リスクの低減、動物の健康向上、環境負荷の軽減など、多くのメリットがあります。
生命の価値を考える
1700万羽という数字は、あまりにも大きすぎて実感が湧かないかもしれません。しかし、一羽一羽が生きていた命であり、それぞれに存在の意味がありました。
「かわいそう」から行動へ
「かわいそう」「もったいない」という感情は、とても大切です。しかし、その感情を一時的な同情で終わらせてはいけません。
私たちの日々の選択が、鶏たちの運命を決めているという事実を忘れないでください。スーパーで卵を手に取るその瞬間、あなたは鶏たちの未来に投票しているのです。
命を尊重する社会へ
鶏は人間のために存在しているのではありません。彼らも感情を持ち、痛みを感じ、恐怖を抱く生き物です。私たちが彼らから卵や肉をいただくのであれば、最低限の敬意と配慮を持つべきではないでしょうか。
大量殺処分という悲劇を減らすためには、畜産のシステム全体を見直す必要があります。そして、その変化を促すのは、私たち消費者の選択なのです。
まとめ:未来のために今できること
鳥インフルエンザによる大量殺処分は、「かわいそう」「もったいない」という言葉だけでは片付けられない、複雑な問題です。しかし、決して解決不可能な問題ではありません。
私たちにできる5つのこと
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平飼いや放し飼いの卵を選ぶ 価格は高くても、動物福祉に配慮した卵を購入しましょう。
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安さだけで判断しない 格安の卵の背景にある密集飼育の実態を理解しましょう。
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情報を共有する この問題について、家族や友人と話し合いましょう。
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地元の良心的な農家を応援する 顔の見える関係で、丁寧に育てられた卵を買いましょう。
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政策に関心を持つ 動物福祉に関する法律や政策に注目し、必要に応じて意見を伝えましょう。
最後に
2023年に1700万羽以上の鶏が殺処分されました。2024年も、そしておそらく来年も、この悲劇は繰り返されるでしょう。しかし、私たち一人ひとりの意識と行動が変われば、未来は変えられます。
「どうせ自分一人が変わっても意味がない」と思わないでください。あなたの選択が、周りの人に影響を与え、やがて社会全体を変えていきます。
次にスーパーで卵を買うとき、少し立ち止まって考えてみてください。その卵は、どんな環境で育った鶏から産まれたのか。その選択が、未来にどんな影響を与えるのか。
「かわいそう」「もったいない」という感情を、具体的な行動に変えていきましょう。それが、殺処分される鶏たちを減らす、最も確実な方法なのです。
この記事が、鳥インフルエンザ殺処分の問題について考えるきっかけになれば幸いです。私たちの小さな選択が、大きな変化を生み出すことを信じて、一歩踏み出しましょう。
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