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豚の歯切りと動物福祉の問題:無麻酔処置が引き起こす課題と日本の現状

豚 歯切り 動物福祉の問題

 

 

はじめに

 

私たちが日常的に口にする豚肉。その生産過程で、生まれたばかりの子豚に対して「歯切り」という処置が行われていることをご存知でしょうか。この処置は多くの場合、麻酔なしで実施されており、動物福祉(アニマルウェルフェア)の観点から大きな問題となっています。

 

本記事では、豚の歯切りがなぜ行われるのか、無麻酔で実施されることの問題点、海外での規制状況、そして日本の畜産業界における現状と新たな兆しについて、詳しく解説していきます。

 

 

豚の歯切りとは何か

 

歯切りの基本的な説明

歯切りは、生まれたばかりの子豚に生えている8本の犬歯と切歯をニッパーなどの器具で切断する処置です。この処置は通常、生後7日以内に実施され、日本では2018年の調査で63.6%、2023-2024年の調査では約5割の農家が実施していると推定されています。

 

特に注目すべきは、歯切りの8割がほぼ根元から切断されているという事実です。日本の農家の9割以上がニッパーを使用しており、この処置はほとんどの場合、麻酔や鎮痛剤を使用せずに行われています。

 

 

なぜ歯切りが行われるのか

歯切りが実施される主な理由として、以下の点が挙げられています。

 

母豚の保護 新生子豚の鋭い犬歯が母豚の乳房を傷つけることを防ぐためとされています。乳頭を噛まれた母豚が授乳を拒否したり、急に立ち上がって子豚のけがや圧死の原因となったりする可能性があると考えられてきました。

 

子豚同士の闘争防止 子豚同士が乳頭の取り合いをする際に、歯で互いを傷つけることを防ぐ目的があります。外傷に起因するスス病などの疾病を予防するためという理由も挙げられています。

 

しかし、これらは本当に必要な処置なのでしょうか。

 

 

歯切りの必要性に関する疑問

 

科学的研究が示す真実

近年の研究は、歯切りの必要性について疑問を投げかけています。複数の研究において、歯切りの有無は母豚の乳房や同腹子豚への損傷、子豚の増体に影響しないという結論が出されています。つまり、歯切りを行わなくても、従来危惧されていた問題は実際には起こらない可能性が高いのです。

 

 

問題の本質は飼育環境にある

歯切りが必要とされる背景には、実は飼育環境の問題が隠れています。屋外放牧を行ったり、密飼いを避けるなど、ストレスのない環境下では、歯の切断をしなくても損傷が起こらなかったり、かみつく行動が減ったりすることが確認されています。

 

日本では、母豚と子豚は離乳するまで「分娩ストール」と呼ばれる狭い囲いの中で飼育されます。母豚は方向転換すらできず、子豚にとってもワラ一本もない無味乾燥な環境で、豚の強い探索本能を満たせるものは何もありません。

 

動物福祉に積極的に取り組んでいるタイ最大の食品企業であるCPF(Charoen Pokphand Foods)は、マレーシアと台湾の豚肉事業において、適切な環境を整えることで歯の切断を中止しています。これは、豚の生態や習性に配慮した環境を用意すれば、歯の切断は必要ないことを示す好例です。

 

 

無麻酔処置の深刻な問題

 

子豚が感じる痛み

歯切りは通常、生後7日以内に無麻酔で行われます。子豚の歯には神経が通っており、根元から切断される場合、激しい痛みを伴います。処置を受ける子豚は痛みで鳴き叫ぶことが報告されています。

 

この痛みは一時的なものではありません。歯の切断による外傷性神経種が生じることもあり、これは恒常的な痛みをもたらします。処置後に感染症を起こしたり、ストレスから発育や免疫力が落ちたりする傾向があることも知られています。

 

 

母豚の精神的苦痛

これらの処置は、母豚の目の前で行われることもあります。自分の子どもが痛みで泣き叫ぶ姿を目の当たりにする母豚の精神的苦痛も、考慮されるべき重要な問題です。

 

 

日本における法規制の不在

深刻なのは、日本国内では歯切りに関する法規制が存在しないという点です。慣例として歯切りが行われているだけで、麻酔の使用義務もなければ、実施の是非を検討する仕組みもありません。

 

 

海外における規制と取り組み

 

EU(欧州連合)の先進的な規制

EUでは2001年に制定された指令「豚の保護のための最低基準」において、明確な規定が設けられています。

重要なのは、この指令が歯切りを「日常的に行うべきではない」と明記している点です。具体的には、母豚の乳首や他の豚の耳や尾の傷害が発生したという証拠があるときにのみ行うべきであり、これらの手順を実行する前に、環境や飼育密度を考慮することが求められています。

 

つまり、不適切な環境や管理システムをまず変更することが優先されるべきであり、歯切りは最後の手段という位置づけなのです。日本では環境を考慮することなく、慣例として歯の切断が行われているという実態があり、この点で大きな差があります。

 

 

アメリカの取り組み

アメリカでも養豚先進国として、歯切りは既に行われなくなっています。アメリカの養豚業界では、飼育環境の改善を優先することで、歯切りなしでの飼育が実現されています。

 

 

去勢に関する国際的な動き

歯切りと同様に無麻酔で行われてきた去勢についても、国際的な規制の動きが加速しています。

 

EU(欧州連合) 2018年から自主的に外科的去勢を「原則」終了することとしました。

 

スイス 2009年に無麻酔去勢を禁止しました。

 

デンマーク 2019年に無麻酔去勢を禁止しました。

 

ドイツ 2019年1月から国内外の子豚の無麻酔去勢が禁止されています。

 

フランス 2022年1月1日から無麻酔去勢の禁止が決定しました。

 

カナダ 2016年以降、麻酔なしの豚の去勢は禁止され、免疫学的去勢製剤の導入も行われています。

 

オーストラリア 動物福祉の観点から外科的去勢はほとんど行われず、性成熟を迎える前の屠殺や免疫学的去勢製剤が一般的です。

 

ブラジル 大手豚肉生産者はすべて、鎮痛剤なしでの子豚の去勢を中止し、代わりに免疫学的去勢製剤を実施しています。

これらの国々では、動物福祉を重視する姿勢が法制度にも反映されており、麻酔なしでの外科的処置は倫理的に許容されないという認識が広まっています。

 

 

日本の畜産業界の現状

 

国際的な評価

世界動物保護協会(WAP)が50ヵ国を対象に行った2020年の調査において、動物保護指数(API)で日本は最低ランクのG評価となっています。A評価を得た国はなく、B評価はオーストリア、スウェーデンという状況の中で、日本の評価は特に低いものでした。

 

G評価となった要因として、日本は動物保護に対して具体的なガイドラインや実施方法を示す政策や法律が定められていないことが指摘されています。

 

 

遅れの背景

日本で動物福祉の取り組みが遅れている背景には、いくつかの要因があります。

 

文化的要因 日本では、動物を「モノ」として扱う商習慣が根強く、アニマルウェルフェアへの理解や制度の整備が欧米に比べて遅れています。

 

経済的要因 畜産業ではコストや効率性が優先され、動物の福祉に対する配慮が後回しになる傾向があります。アニマルウェルフェアに配慮した飼育方法は、従来の方法よりもコストが上がってしまうという課題があります。

 

土地の制約 国土の狭い日本では、広大な土地を必要とする放牧飼育などの実現が難しいという物理的な制約もあります。

 

消費者の認知度の低さ 消費者への情報提供や意識改革が進んでおらず、アニマルウェルフェアという言葉自体が浸透していないという問題もあります。

 

実際、YouTubeには去勢、切歯、断尾を無麻酔で行う動画が多数上がっており、コメント欄には子豚が苦痛を感じている姿を喜ぶコメントも散見される状況となっています。これは、動物の苦痛に対する感受性が十分に育っていないことを示しています。

 

 

日本における新たな兆し

 

しかし、日本でも少しずつ変化の兆しが見え始めています。

 

政府の取り組み

農林水産省は、アニマルウェルフェアの考え方を踏まえた家畜の飼養管理の普及に努めています。2023年7月26日には「畜種ごとの飼養管理等に関する技術的な指針」を公表しました。

 

また、2021年からは「アニマルウェルフェアに関する意見交換会」を開催し、幅広い関係者による相互理解を深める取り組みを進めています。

 

 

企業の先進的な取り組み

 

日本ハム株式会社

「ニッポンハムグループアニマルウェルフェアポリシー」を制定し、具体的な取り組みを進めています。日本クリーンファームが運営する長万部ちらい農場、長万部あやめ農場(北海道)、来満農場(青森県)では、母豚の本来の行動に近づけることを目的として、妊娠時に母豚を入れるストールを廃止しています。

 

また、豚本来の習性等に合った飼養環境を実現する「エンリッチメント」についても、方法や効果、影響などを研究しながら工夫を重ねています。さらに、2030年度までに妊娠ストールの利用廃止を進める目標を掲げています。

 

 

コープ自然派

関西四国地方でアニマルウェルフェアをいち早く取り入れ、母豚のストールフリー飼育に取り組む生産者と連携しています。2024年にはアニマルウェルフェアアワード豚賞を受賞しました。

 

 

株式会社七星食品

コープ自然派と連携し、母豚のストールフリー飼育に力を入れています。

 

 

三和食鶏

社員の意識向上に取り組み、2024年にアニマルウェルフェアアワード鶏賞を受賞しました。

 

 

日本水産株式会社(ニッスイ)

日本でいち早く養殖魚のアニマルウェルフェアに取り組み、2024年にアニマルウェルフェアアワード魚賞を受賞しました。

 

 

消費者の動きの変化

大手スーパーチェーンでアニマルウェルフェアに配慮した平飼い卵を販売したところ、全国的に1%程度の売り上げではありますが、高い成長率を示しました。このことからも、日本国内にアニマルウェルフェア食品の需要があることがわかります。

 

価格は従来の卵の約2~3倍となりますが、食品に安全・安心を求める層は確実に存在しており、付加価値の高い商品としてブランド化することで、高価格でも購入につながる可能性があります。

 

 

政治の動き

衆議院環境委員会や厚生労働委員会でも、畜産動物福祉に関する質問が取り上げられるようになっています。立憲民主党の議員が食鳥処理場での鶏の残酷な扱いや、と畜場で豚に執拗にスタンガンを押し当てるなどの事例を紹介し、国際獣疫事務局(WOAH)の動物福祉規約違反や動物愛護管理法違反の可能性を指摘するなど、政治レベルでも議論が始まっています。

 

 

消費者として私たちができること

 

アニマルウェルフェア認証商品の選択

最も身近にできる取り組みは、アニマルウェルフェア認証のある食品を選ぶことです。平飼い卵やストールフリー豚肉など、動物がより良い環境で育てられた商品には、認証マークが付いています。

これらの商品を選ぶことで、消費者としての意思表示ができ、動物福祉に配慮する生産者を応援できます。

 

 

情報発信と啓発活動

SNSやブログなどを通じて、アニマルウェルフェアの大切さを発信することも重要な行動です。また、動物福祉向上を求める署名やキャンペーンへの参加も効果的です。一人の声では小さくても、多くの人が賛同することで企業や行政への大きな働きかけとなります。

 

 

フレキシタリアンという選択

動物福祉を意識した食生活として、肉の摂取を減らす「フレキシタリアン」も注目されています。毎日でなくても、週に数回だけでも動物性食品を控えることが、畜産動物の負担を軽減する一助になります。

 

 

寄付やボランティア

アニマルウェルフェアの推進に取り組んでいる団体への寄付やボランティア参加も有効です。保護施設の運営支援や、法整備を促す活動など、支援することで動物の命を守る一助となります。

 

 

持続可能な畜産への道筋

 

環境問題との関連

アニマルウェルフェアは、単なる倫理的な問題だけでなく、環境問題とも深く関わっています。工業的な畜産では膨大な水が使われるため、水資源の乏しい地域では水不足を引き起こします。また、飼料となる作物の栽培には大量の農薬が使われていることが多く、水質汚染の原因ともなります。

 

持続可能な食料生産システムの構築のためには、アニマルウェルフェアが重要な要素となります。

 

 

食の安全性の向上

家畜の飼育方法や環境に配慮することで、ストレスや疾病、感染症が減ります。家畜自身の免疫力が損なわれないのであれば、抗生物質などの薬物投与も避けられます。結果として生産性や質の向上、食の安全につながるのです。

 

 

経済的なメリット

アニマルウェルフェアに配慮した畜産物は、環境問題や動物保護に関心の高い消費者から高い支持が得られます。エシカル消費の評価指標のひとつでもあり、企業価値を上げることにもつながります。

 

欧米では動物保護団体が「アニマルウェルフェア」の認証制度を導入し、認証を受けた商品はスーパーマーケットでも売上を伸ばしています。

 

 

今後の展望と課題

 

法整備の必要性

日本においても、EU諸国のような明確な法規制の整備が求められています。特に以下の点が重要です。

  1. 無麻酔での外科的処置(歯切り、去勢、断尾など)の規制
  2. 妊娠ストールや採卵鶏のケージ飼育に関する規制
  3. 飼育環境の最低基準の設定
  4. 監査制度の確立

各農場を抜き打ちで監査する独立した機関を設置し、動物福祉に則った飼育をしているかをチェックする仕組みが必要です。ホワイト農場もいればブラック農場もある中で、物言わぬ動物たちの権利を守るために第三者が入る必要があります。

 

 

段階的な移行の重要性

ただし、急激な変化は生産者に大きな負担をかけます。補助金制度の活用や、段階的な目標設定など、生産者が無理なく移行できる仕組みづくりが重要です。

 

良い取り組みをする生産者が評価され、向上心のない生産者は淘汰されていく、そういう畜産にしなければ、最底辺で苦しむ動物をなくすことはできません。

 

 

教育と啓発の重要性

消費者、生産者、流通業者すべてにおいて、アニマルウェルフェアに関する正しい知識と理解が必要です。学校教育の中での取り組みや、メディアでの情報発信の強化が求められます。

 

 

まとめ

 

豚の歯切りという、一見小さな問題に見える事象は、実は動物福祉という大きな課題の象徴です。無麻酔で行われる痛みを伴う処置、その必要性への疑問、海外との規制の差、そして日本の畜産業界が抱える課題が、この問題には凝縮されています。

 

EUをはじめとする多くの国々では、動物福祉を重視する法整備が進み、不要な苦痛を動物に与えない方向に舵を切っています。一方、日本は世界最低ランクの評価を受けており、大きな改善が求められています。

 

しかし、近年では日本でも政府、企業、消費者のレベルで少しずつ変化の兆しが見えています。日本ハムのような大手企業がストールフリー飼育に取り組み、コープ自然派のような小売業者が動物福祉に配慮した商品を積極的に扱うようになっています。

 

私たち消費者一人ひとりができることは、決して小さくありません。アニマルウェルフェア認証商品を選ぶ、情報を発信する、署名活動に参加する、寄付をする。これらの行動の積み重ねが、やがて大きな変化を生み出します。

 

豚も牛も鶏も、感受性を持つ生き物です。彼らは痛みを感じ、恐怖を感じ、仲間とコミュニケーションを取り、遊び、学習する能力を持っています。私たちが彼らの命をいただくのであれば、せめて生きている間は尊厳を持って扱い、不要な苦痛を与えないという最低限の配慮が必要ではないでしょうか。

 

持続可能な社会、エシカルな消費、SDGsの達成。これらの目標を実現するためにも、アニマルウェルフェアは避けて通れない課題です。今こそ、私たち一人ひとりが動物福祉について考え、行動を起こす時なのです。

 


参考文献

  • 農林水産省「アニマルウェルフェアについて」
  • NPO法人アニマルライツセンター「畜産動物たちに希望を Hope For Animals」
  • Wikipedia「ブタ」
  • 世界動物保護協会(WAP)「動物保護指数」
  • EU指令「豚の保護のための最低基準」(COMMISSION DIRECTIVE 2001/93/EC)

 

 

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この記事を書いた人

阪本 一郎

1985年兵庫県宝塚市生まれ。
新卒で広告代理店に入社し、文章で魅せるということの大事さを学ぶ。
その後、学習塾を運営しながらアフィリエイトなどインターネットビジネスで生計を立て、SNSの発信力を磨く。
ある日公園で捨てられていた猫を拾ってから、自分の能力を動物のために使いたいと思うようになり、猫カフェを開業。
ヴィーガン食品、平飼い卵を使った商品を開発。
今よりもっと動物が自由に生きられる世の中にしたいと思い、行動しています。

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