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豚のしっぽはなぜ切られるのか?動物福祉の視点から考える日本の畜産の現実

豚の しっぽ なぜ切る 動物福祉の問題

 

 

はじめに

 

スーパーマーケットで豚肉を手に取るとき、私たちはその肉がどのような環境で育てられた豚から来たのかを考えることはほとんどありません。しかし、その豚が生まれてから数日のうちに、麻酔なしでしっぽを切られていたとしたら、あなたはどう感じるでしょうか。

 

日本の養豚場では、生まれて間もない子豚のしっぽを切断する「断尾(だんび)」という処置が一般的に行われています。そして、その多くが無麻酔で実施されているという現実があります。この記事では、豚のしっぽがなぜ切られるのか、日本と海外の動物福祉への取り組みの違い、そして私たち消費者がこの問題とどう向き合うべきかについて、詳しく解説します。

 

 

豚のしっぽを切る理由とは

 

尾かじりを防ぐための処置

豚のしっぽを切る最大の理由は「尾かじり(テールバイティング)」と呼ばれる問題行動を防ぐためです。尾かじりとは、豚が他の豚のしっぽを噛んでしまう行動のことで、これが発生すると深刻な問題を引き起こします。

 

噛まれたしっぽからは出血し、傷口が感染症の原因となることがあります。さらに、豚は血の匂いに興奮しやすい性質があるため、一頭が尾かじりを始めると、他の豚も同じ行動をとるようになり、養豚場全体に広がってしまうことがあります。重症化すると、しっぽだけでなく背中や耳まで噛まれ、最悪の場合は死に至ることもあります。

 

このような事態を防ぐため、養豚場では生後数日以内の子豚のしっぽを短く切断する処置が広く行われているのです。

 

 

尾かじりが起こる本当の原因

しかし、ここで考えなければならないのは、「なぜ豚は尾かじりをするのか」という根本的な問題です。

野生のイノシシや自然に近い環境で飼育されている豚は、尾かじりをすることはほとんどありません。尾かじりは、豚がストレスを感じているときに現れる異常行動なのです。

 

主な原因として挙げられるのは以下の要因です。

 

過密飼育: 狭い空間に多くの豚を詰め込むことで、豚は自由に動き回ることができず、強いストレスを感じます。本来、豚は好奇心旺盛で知能が高い動物ですが、狭い環境ではその本能を満たすことができません。

 

退屈さと刺激不足: 自然環境では、豚は鼻で地面を掘り起こしたり、探索したりして一日の大半を過ごします。しかし、コンクリートの床だけの環境では、このような自然な行動ができず、欲求不満が溜まります。

 

環境の悪さ: 換気が不十分で暑すぎたり、アンモニアの匂いが強かったりする環境も、豚にストレスを与えます。

 

栄養不足: 餌の栄養バランスが悪い場合も、尾かじりの原因となることがあります。

 

つまり、尾かじりという問題の本質は「飼育環境の問題」にあるのです。しかし、飼育環境を改善するには、より広いスペース、環境エンリッチメント(豚が遊んだり探索したりできる工夫)、適切な管理など、コストと手間がかかります。そのため、多くの養豚場では、問題の根本原因に対処するのではなく、「しっぽを切る」という対症療法を選択しているのが現状です。

 

 

日本では無麻酔での断尾が一般的

 

麻酔なしで行われる痛みを伴う処置

日本の養豚場の多くでは、子豚のしっぽの切断は無麻酔で行われています。生後数日以内の子豚のしっぽを、ニッパーやペンチのような器具で切断するのです。

 

麻酔なしで体の一部を切断されることが、どれほどの痛みを伴うかは想像に難くありません。豚は痛覚を持つ哺乳類であり、人間と同じように痛みを感じます。しかし、「生後間もない子豚は痛みに鈍感」という科学的根拠のない考えや、「コストを抑えるため」という理由で、無麻酔での処置が当たり前のように行われているのです。

 

子豚は切断の瞬間に鋭い悲鳴をあげ、しばらくの間は傷の痛みに苦しみます。また、切断後も慢性的な痛みや神経痛に悩まされる可能性があることが、研究によって示唆されています。

 

 

歯の切断や去勢も無麻酔で

日本の養豚場では、断尾だけでなく、歯の切断(剪歯)や雄豚の去勢手術も、ほとんどの場合、無麻酔で行われています。

剪歯は、豚の鋭い犬歯を切断またはやすりで削る処置で、これも他の豚や母豚を傷つけないために行われます。去勢手術は、肉の臭みを軽減するために雄豚の精巣を外科的に摘出する処置です。

 

これらの処置もまた、豚に大きな痛みとストレスを与えます。欧州などでは、これらの処置に麻酔や鎮痛剤の使用を義務付ける動きが広がっていますが、日本ではそうした法的規制はほとんどありません。

 

 

なぜ日本では無麻酔が許容されているのか

日本で無麻酔での処置が一般的である理由には、いくつかの要因があります。

まず、法規制の不足です。日本には「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護法)」がありますが、畜産動物に対する具体的な飼育基準や処置方法についての規定は非常に曖昧で、実効性に欠けています。

 

また、業界の慣習として「昔からこうしてきた」という理由で、無麻酔での処置が疑問視されずに続けられてきました。さらに、麻酔や鎮痛剤を使用すると、獣医師の関与が必要になり、コストが上昇するという経済的な理由もあります。

 

そして何より、消費者がこうした実態を知らず、問題視していないことが、現状を変える圧力が生まれない最大の理由と言えるでしょう。

 

 

海外ではどうなっているのか

 

EUの先進的な取り組み

欧州連合(EU)では、動物福祉に関する法規制が世界で最も進んでいます。

EUの豚福祉指令では、断尾は「原則として行ってはならない」と定められています。断尾を行う場合は、まず飼育環境の改善(床材の提供、十分なスペースの確保など)を行い、それでも尾かじりが発生する場合に限り、最終手段として認められます。そして、断尾を行う場合は、適切な麻酔または鎮痛処置を施すことが求められています。

 

さらに、EUでは段階的に無麻酔での去勢手術を禁止する動きが進んでおり、多くの国で麻酔下での去勢または去勢を行わない飼育方法への移行が進んでいます。

 

 

北欧諸国の取り組み

特に北欧諸国では、動物福祉への意識が高く、より厳しい基準が設けられています。

スウェーデンやノルウェーでは、断尾はほぼ完全に廃止されており、飼育環境の改善によって尾かじりを防ぐ方法が確立されています。具体的には、豚に藁やおが屑などの床材を十分に提供し、豚が自然な掘る行動をできるようにすることで、ストレスを軽減し、尾かじりを予防しています。

 

デンマークでも、断尾削減に向けた国家プログラムが実施されており、飼育環境の改善に取り組む農場を支援する仕組みが整っています。

 

 

その他の国々の動き

英国では、EUと同様に断尾は最終手段とされ、リスク評価を行った上で必要最小限に抑えることが求められています。また、2020年からは無麻酔での去勢手術が禁止されました。

 

オーストラリアやニュージーランドでも、動物福祉基準が整備されており、麻酔または鎮痛処置を伴わない処置の削減に向けた取り組みが進んでいます。

 

米国では州によって規制に差がありますが、動物福祉団体の働きかけにより、大手食品企業が「より高い動物福祉基準を満たした豚肉の調達」を約束するなど、市場主導での改善も見られます。

 

 

科学的根拠に基づいた政策

海外でこうした規制が進んでいる背景には、動物科学の研究が大きく関わっています。豚の認知能力、感情、痛覚などに関する科学的研究が積み重ねられ、豚が高度な知能を持ち、痛みや苦痛を感じる存在であることが広く認識されるようになりました。

 

また、飼育環境の改善によって尾かじりを防げることも、多くの研究や実践によって証明されています。これらの科学的知見に基づいて、動物福祉政策が策定されているのです。

 

 

日本で動物福祉が浸透しない理由

 

畜産動物を「モノ」として扱う文化

日本では長い間、畜産動物は「食料生産のための資源」として扱われ、感情や痛みを持つ生き物としての認識が薄い傾向にありました。

 

法律上も、動物愛護法では愛玩動物(ペット)に対する規定は比較的詳細ですが、畜産動物については「適切な方法で飼養管理すること」という抽象的な記述にとどまっており、具体的な飼育基準やガイドラインが不足しています。

 

また、日本の畜産業界では、生産効率やコスト削減が最優先され、動物福祉への配慮は「余裕があれば考えるもの」という位置づけになっている現状があります。

 

 

消費者の認識不足

日本で動物福祉が進まない最も大きな理由は、消費者がこうした問題を知らないことです。

スーパーに並ぶ豚肉のパッケージからは、その豚がどのような環境で育てられ、どのような処置を受けたのかを知ることはできません。多くの消費者は、豚のしっぽが切られていること、それが無麻酔で行われていることを知りません。

 

知らなければ、問題だと感じることもなく、改善を求める声も上がりません。この「知らない」という状態が、現状維持を許してしまっているのです。

 

 

安さを求める消費行動

日本の消費者は、食品に対して「安さ」を強く求める傾向があります。特売の肉を求めてスーパーをはしごし、100円でも安いものを選ぶ消費行動は、決して珍しくありません。

 

しかし、安い肉を実現するためには、コストを徹底的に削減する必要があります。そのためには、豚を狭い空間に多く詰め込み、麻酔などのコストをかけず、効率を最優先した飼育方法をとらざるを得なくなります。

 

動物福祉に配慮した飼育を行うには、より広いスペース、環境エンリッチメントのための資材、麻酔や獣医療、より多くの労働時間などが必要となり、その分コストが上昇します。消費者が「安さ」だけを追求し続ける限り、生産者は動物福祉を改善するインセンティブを持てないのです。

 

 

「行政が悪い」だけでは解決しない

動物福祉の問題について、「政府が規制を作らないのが悪い」「行政が動かないのが問題だ」という指摘はよく聞かれます。確かに、法規制の不足は大きな問題です。

 

しかし、民主主義社会において、政治は私たちの写し鏡です。政治家は選挙で選ばれ、有権者の関心や要望に応じて政策を決定します。動物福祉の問題に対する社会の関心が低く、選挙の争点にもならず、消費者が安い肉を求め続ける限り、政治家や行政が積極的に規制を強化する動機は生まれにくいのです。

 

もちろん、行政や政治のリーダーシップも重要ですが、結局のところ、私たち市民一人ひとりが問題意識を持ち、声を上げ、消費行動を変えることなしに、この問題の根本的な解決はあり得ません。

 

 

私たち消費者にできること

 

まず知ることから始める

問題解決の第一歩は、現実を知ることです。豚肉がどのように生産されているのか、豚たちがどのような環境で育てられ、どのような処置を受けているのかを知ることが重要です。

 

インターネットで情報を検索したり、動物福祉に関する書籍を読んだり、ドキュメンタリーを視聴したりすることで、畜産の実態について学ぶことができます。そして、その知識を家族や友人と共有することで、社会全体の認識を少しずつ変えていくことができます。

 

 

動物福祉に配慮した商品を選ぶ

私たちの消費行動は、市場に強いメッセージを送ります。動物福祉に配慮した方法で生産された肉を選ぶことで、そうした生産方法を支持し、広げることができます。

 

日本でも少しずつですが、アニマルウェルフェア(動物福祉)に配慮した養豚場が増えてきています。「アニマルウェルフェア認証」を取得した豚肉や、放牧豚、自然に近い環境で育てられた豚の肉などが、一部のスーパーや専門店、オンラインショップで購入できるようになっています。

 

これらの商品は、一般的な豚肉よりも価格が高いことが多いですが、その価格差は、豚がより良い環境で育てられたこと、適切な処置が行われたことの対価です。

 

もちろん、経済的な制約から、すべての人がいつも高価な肉を買えるわけではありません。しかし、たとえば「肉の購入頻度を少し減らして、その分、動物福祉に配慮した肉を買う」という選択肢もあります。量より質を重視する消費行動は、健康面でもプラスになる可能性があります。

 

 

声を上げる

企業や政治家に対して、動物福祉への関心を伝えることも重要です。

スーパーやレストランに対して「アニマルウェルフェアに配慮した商品を増やしてほしい」という要望を伝える、政治家に対して「動物福祉に関する法規制を強化してほしい」という意見を送る、SNSで情報を発信するなど、さまざまな方法で声を上げることができます。

 

企業は消費者の声に敏感です。多くの消費者が動物福祉に関心を持っていることが伝われば、企業は商品ラインナップを変え、調達基準を見直すでしょう。政治家も同様に、有権者の関心事には反応します。

一人ひとりの声は小さくても、それが集まれば大きな力になります。

 

 

肉食について考える

より根本的には、私たちの食生活そのものについて考えることも価値があります。

肉を食べることそのものを否定する必要はありませんが、「本当に毎日、毎食、肉が必要だろうか」「週に何回かは植物性の食事にしてみよう」といった見直しは、動物福祉への貢献だけでなく、環境負荷の軽減や健康増進にもつながります。

 

「ミートレスマンデー(月曜日は肉を食べない)」のような取り組みを実践したり、植物性の代替肉を試してみたりすることも、一つの選択肢です。

 

 

希望を持って

 

変化は起きている

現状は厳しいものですが、絶望する必要はありません。日本でも、少しずつ変化が起きています。

動物福祉に配慮した養豚に取り組む生産者が増えており、彼らの努力は消費者に少しずつ認知され始めています。大手食品企業の中にも、サプライチェーンにおける動物福祉の改善に取り組み始めているところがあります。

 

また、若い世代を中心に、食の倫理や持続可能性への関心が高まっており、動物福祉への意識も徐々に広がっています。

 

 

一人ひとりの行動が未来を作る

「自分一人が何かしても変わらない」と思うかもしれません。しかし、社会のあらゆる変化は、一人ひとりの小さな行動の積み重ねから始まります。

 

奴隷制度の廃止も、女性参政権の獲得も、公民権運動も、最初は少数の人々の声から始まり、徐々に社会を変えていきました。動物福祉の問題も同じです。

 

あなたが問題を知り、考え、できる範囲で行動を変えることが、確実に変化の一部となります。そして、その変化が広がることで、いつの日か、日本でも無麻酔で子豚のしっぽが切られることがなくなる日が来るでしょう。

 

 

まとめ

豚のしっぽを切るという行為は、一見すると小さな問題に思えるかもしれません。しかし、その背後には、動物を単なる生産物として扱う姿勢、コスト優先の畜産システム、そして消費者の無関心という、より大きな構造的問題があります。 

 

日本の多くの養豚場で、生まれて間もない子豚たちが無麻酔でしっぽを切られているという現実。この現実は、私たちが食べる豚肉の価格の安さの裏側にあります。

 

海外では、科学的知見に基づいて動物福祉の改善が進められており、断尾の削減や麻酔の義務化などが実現されています。日本でもこうした変化を起こすことは可能ですが、そのためには私たち消費者が問題を知り、関心を持ち、行動することが不可欠です。

 

「行政が悪い」と批判するだけでは何も変わりません。民主主義社会において、政治は私たちの写し鏡だからです。私たちが問題意識を持たない限り、安い肉を求め続ける限り、子豚たちは無麻酔でしっぽを切られ続けるでしょう。

 

しかし、希望はあります。私たち一人ひとりが知り、考え、選択を変えることで、未来は変えられます。次にスーパーで豚肉を手に取るとき、その肉の向こう側にいた命のことを、少しだけ考えてみてください。その小さな意識の変化が、大きな変革の始まりとなるのです。

 

 

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この記事を書いた人

阪本 一郎

1985年兵庫県宝塚市生まれ。
新卒で広告代理店に入社し、文章で魅せるということの大事さを学ぶ。
その後、学習塾を運営しながらアフィリエイトなどインターネットビジネスで生計を立て、SNSの発信力を磨く。
ある日公園で捨てられていた猫を拾ってから、自分の能力を動物のために使いたいと思うようになり、猫カフェを開業。
ヴィーガン食品、平飼い卵を使った商品を開発。
今よりもっと動物が自由に生きられる世の中にしたいと思い、行動しています。

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