韓国・犬肉産業廃止の補償問題とは?飼育犬の行き先・業者支援の現実を徹底解説

韓国では2024年1月、歴史的な「犬食用禁止特別法」が国会で可決されました。
法律は着実に前進しています。 でも、現場では深刻な問題が山積しています。
業者への補償は十分なのか? 数十万頭の犬はどこへいくのか? 法律は通ったのに、なぜ現場は追いついていないのか?
この記事では、韓国の犬肉産業廃止をめぐる「補償問題」と「飼育犬の行き先」を、公的データと現地情報をもとに丁寧に解説します。
動物福祉の前進を心から歓迎しながらも、「法律だけでは終わらない」現実を、正直にお伝えします。
韓国の犬肉産業の規模──数字で見る実態
まず、問題の全体像を把握するために、韓国の犬肉産業の規模を確認しておきましょう。
韓国農林畜産食品省の統計によると、2023年時点での数字は以下の通りです。
- 犬肉料理レストラン:約1,600軒
- 食用犬の飼育農場:約1,150か所
- 飼育されている食用犬:約46万6,000頭以上(推計では最大200万頭超との報告も)
動物保護団体「Korean Animal Rights Advocates(KARA)」によれば、かつては年間78万〜100万頭の犬が食用として処理されていたとされています。
ただし、この数字は近年大幅に減少しています。
韓国社会の変化がデータに表れています。
- ギャラップ韓国の調査(2023年)では、過去12カ月間に犬肉を食べた韓国人はわずか8%。2015年の27%から急減。
- ニールセンコリアの調査では、86%の韓国人が「将来的に犬肉を食べない」と回答。
- 犬食禁止を支持した人は57%。
- 現在、韓国でペットとして暮らす犬は600万匹以上。
愛犬ブームの広まりとともに、犬肉を食べる文化は社会の主流から外れていきました。
しかし、産業としての規模はまだ大きく、それを「どう終息させるか」が問題の核心です。
犬食用禁止特別法とは何か?制定の経緯と内容
歴史的な全会一致に近い可決
2024年1月9日、韓国の国会は「犬食用禁止特別法(犬食用飼育・流通の終息に関する法律)」を可決しました。
採決の結果は賛成208、反対0、棄権2。
与野党対立が激しい韓国において、ほぼ全会一致に近い可決は異例のことでした。
法律の主な内容
この法律が禁止するのは、食用を目的とした以下の行為です。
- 犬の繁殖・飼育
- 犬の屠殺・食肉処理
- 犬肉および犬肉加工品の流通・販売
罰則は段階的に設定されています。
| 違反行為 | 罰則 |
|---|---|
| 食用目的での犬の屠殺 | 3年以下の懲役または3,000万ウォン(約330万円)以下の罰金 |
| 食用目的での飼育・流通 | 2年以下の懲役または2,000万ウォン以下の罰金 |
なお、「犬肉を食べる行為」そのものは罰則の対象外です。
供給側を規制することで、実質的に犬食文化を終息させる設計になっています。
猶予期間と全面禁止のタイムライン
法律の施行は段階的です。
- 2024年2月:法律の施行開始(猶予期間スタート)
- 2027年2月:完全禁止・罰則の全面適用
つまり、2025年現在は猶予期間の中間地点にあります。
2027年2月まで残り約2年。業者も政府も、タイムリミットに向けて動いています。
業者への補償問題──「現実と乖離」した支援金の実態
ここからが、問題の核心です。
法律は通りました。 しかし、業者たちの声は「補償が現実に合っていない」という一点に集中しています。
政府が提示した補償の内訳
韓国政府(農林畜産食品省)が2024年9月に発表した補償内容は以下の通りです。
飼育農家への補償:
- 廃業に同意した農家に対し、犬1頭あたり22万5,000〜60万ウォン(約2万5,000〜6万6,000円)を支払う
- 繁殖制限への協力を前提とした段階的な補償
犬肉料理店への支援:
- メニュー変更支援金:250万ウォン(約27万5,000円)
- 廃業補償金:400万ウォン(約44万円)
業者側の反発──「はした金で廃業できない」
業者団体は、この補償額に強く反発しています。
飼育農家で構成される「大韓育犬協会」は、犬1頭あたり200万ウォン(約22万円)の補償を政府に要求しました。
同協会の試算によれば、その要求通りに補償した場合、政府が必要とする予算は約1兆ウォン(約1,000億円)にのぼります。
協会はAFP通信への声明の中で「こんな(少額で)事業をたたむことはできない」と訴えました。
現場の声──70代の女性経営者の現実
2024年10月にAFP通信が報じた記事には、ソウル市鍾路区のポシンタン(補身湯)料理店を経営する70代の女性オーナーの声が紹介されています。
「政府が提示した支援金250万ウォンや廃業補償400万ウォンでは、生活を維持できない」
数十年にわたって経営してきた店を閉じるのに、44万円程度の補償。
この言葉の重さは、数字だけでは語り切れません。
韓国外食業中央会の専門家も「今回の補償案は、現実の収益を反映していない」と批判的な見解を示しています。
高齢の経営者が多いこの業界では、廃業後の社会保障の問題も浮かび上がっています。
補償問題が複雑な理由
業者への補償が難しい背景には、構造的な問題があります。
- 多くの農場が長年にわたって法的グレーゾーンで操業してきた(犬は法律上「家畜」に分類されていなかった)
- 実態を正確に把握する公的なデータが不十分
- 農場主・業者・料理店それぞれで状況が異なり、一律の基準を設けにくい
動物福祉の観点からは廃業を推進したい。 しかし生計を失う人々への配慮も必要。
この「正義と生活の間のジレンマ」が、補償問題の難しさの本質です。
飼育犬の行き先問題──50万頭の命はどうなるのか
補償問題と並んで重要なのが、「飼育されている犬たちの行き先」です。
数十万頭の食用犬が存在する現実
政府の推計によれば、禁止法施行時点で農場に残っている食用犬の数は約46万6,000頭。
これらの犬をどう扱うのか、が次の大きな課題です。
現時点で出ている選択肢は以下の通りです。
- 譲渡・引き取り:里親探しや保護施設への収容
- 農家自身による段階的な繁殖制限・自然減
- 安楽死(動物福祉上の観点から批判が強い)
韓国政府は公式には「飼い主探しや保護施設への収容を奨励し、食肉処理を防ぐ努力をする」としています。
しかし、これには大きな問題があります。
保護施設の受け入れ能力が圧倒的に不足
韓国国内の動物保護施設・シェルターの収容能力は、数十万頭規模の引き受けには対応できていません。
食用犬として飼育されてきた犬たちは、一般的なペット犬とは飼育環境が大きく異なります。
- 大型個体が多い(主に「ヌロンイ」と呼ばれる在来種)
- 人との接触に慣れていない
- 衛生管理や医療ケアの不足
- トレーニングを受けていない
こうした犬を一般家庭に譲渡するには、相当な時間とリハビリテーションが必要です。
HSIの取り組み──先行事例として
国際的な動物保護団体「ヒューメイン・ソサエティー・インターナショナル(HSI)」の韓国支部は、2015年から犬肉農家と協力して農場閉鎖を支援してきました。
2020年8月の時点で、HSIは16か所の犬肉飼育場を閉鎖し、2,000頭以上を救出したと報告しています。
一方で、これは全体の数十万頭から見ればほんの一部です。
NGOや動物保護団体の力だけでは、規模的に限界があることも事実です。
「安楽死」という選択肢の倫理的問題
一部からは「大量の食用犬の処遇は安楽死しかない」という意見も出ています。
しかし、これは動物福祉の観点から根本的な矛盾を生みます。
犬肉産業を廃止する目的は「動物の命を守る」ことのはずです。 それが「安楽死による大量処分」では、本末転倒と言わざるを得ません。
飼育犬の行き先をどう確保するか──これは韓国社会全体が向き合うべき問題です。
廃業は進んでいるのか?2025年現在の最新状況
では、現時点での進捗はどうなっているのでしょうか。
農場の廃業は「計画より速いペース」で進行
2025年8月に公共放送KBSが韓国農林畜産食品部の関係者の話として報じた内容によると、犬を繁殖させる飼育場については、政府の計画より速いペースで廃業が進んでいるとのことです。
これは一定の前進として評価できます。
飲食店への転業支援は低調
一方、犬肉料理店への転業支援の申請は低調な状況が続いています。
ソウル市では、申請が進まないことを懸念し、市内11の自治区が担当者を派遣して関連飲食店や流通業者を個別に訪問し、申請を促す取り組みを始めました。
多くの飲食店は「別のメニューも扱う兼業形態」であるため、メニュー変更による転業自体は比較的容易だとされています。
しかし「なじみ客を失う」「新たな客の取り込みが必要になる」といった不安から、高齢の経営者を中心に「猶予期間の終了直前まで営業し、その後廃業する」という声も聞かれます。
2027年2月まで残り約2年──タイムラインの現実
2025年3月現在、完全禁止まで残り約2年を切っています。
- 農場の廃業:計画より速く進行中
- 料理店の転業申請:低調
- 飼育犬の行き先:依然として不透明
- 補償額をめぐる交渉:継続中
法律の施行は確実に近づいていますが、「現場の受け皿」がまだ追いついていないのが現状です。
なぜ「現場の受け皿不足」が起きるのか──構造的な課題
韓国の犬肉産業廃止が直面する「受け皿不足」は、単なる行政の不手際ではありません。
複合的な構造的課題が絡み合っています。
課題①:長年のグレーゾーン経営
韓国では長い間、犬は法律上「家畜」に分類されていませんでした。
そのため犬肉の流通・販売は「違法でも適法でもない不明瞭な状態」が続いてきました。
この曖昧な法的位置づけのまま長年にわたって営業してきた業者にとって、突然の「法律による禁止と廃業」は大きな混乱を生みます。
課題②:高齢業者への社会的セーフティネットの不足
犬肉産業に従事してきたのは、若い世代よりも高齢者が多い傾向があります。
廃業後の生活保障や再就職支援が不十分なまま、一律に「廃業してください」と促しても、現実的には機能しにくいのです。
韓国外食業中央会の専門家が指摘するように、補償金の金額だけでなく「廃業後の社会的保障」のあり方が問われています。
課題③:動物保護インフラの不足
数十万頭規模の食用犬を受け入れられる保護施設・シェルターのインフラが、韓国には十分に整備されていません。
日本でも保護施設の不足や行政の収容能力の限界は長年の課題ですが(環境省の統計では毎年数万匹が殺処分されています)、韓国の場合はさらに大規模です。
立法と現場対応の「タイムラグ」が、受け皿不足の最大の原因です。
課題④:文化的・世代的な分断
2022年の「犬食用問題の議論のための委員会」が実施した意識調査では、以下の結果が出ています。
- 「犬食文化を継承すべき」:28.4%
- 「犬の屠殺の合法化に反対」:52.7%
賛成・反対が混在する社会の中で、政策をスムーズに進めるには、感情的な議論を超えた丁寧な対話が不可欠です。
「禁止すれば終わり」ではなく、文化的変容を伴う長期的な取り組みが求められています。
他国から学べること──台湾・欧米の事例と比較
韓国の試みは前例のない大規模なものですが、他の地域の事例は参考になります。
台湾の事例──2001年から段階的に実現
台湾では2001年1月、動物保護法の施行により食用目的での犬・猫の屠殺が禁止されました。
さらに2003年12月の改正で販売自体も罰則対象となり、全面禁止が実現しています。
台湾が成功した要因のひとつは、法律施行のタイミングに合わせて、保護施設の整備や譲渡促進の仕組みを段階的に構築したことです。
HSIの農場閉鎖支援モデル
ヒューメイン・ソサエティー・インターナショナル(HSI)が韓国で進めてきた農場閉鎖支援は、一つのモデルケースを示しています。
- 農場主と直接交渉し、自発的な廃業を支援
- 飼育犬の救出・里親探し・医療ケアを一体的に実施
- 農場主の転業支援と並行して進める
このような「業者・犬・コミュニティを同時に支援する」包括的なアプローチが、受け皿不足を補う鍵になり得ます。
日本の動物福祉政策との比較
日本では環境省が「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)」に基づいて動物福祉政策を推進しています。
殺処分数の削減や引き取り犬・猫の譲渡促進は着実に進んでいますが、保護施設のキャパシティや人材確保の問題は依然として課題です。
韓国の事例は、「法律を作ること」と「現場で実行すること」の間には大きなギャップがあることを、日本を含む世界に改めて教えています。
まとめ──法律の先にある「本当の動物福祉」へ
韓国の犬肉産業廃止をめぐる現状を整理します。
この記事のポイント
- 2024年1月、韓国で犬食用禁止特別法が賛成208・反対0・棄権2で可決
- 完全禁止は2027年2月から施行
- 農場への補償は1頭あたり22万5,000〜60万ウォンだが、業者側は「不十分」と反発
- 飲食店への廃業補償も44万円程度で、高齢経営者からは生活維持が困難との声
- 飼育されている犬は約46万6,000頭以上。保護施設の受け入れ能力が追いついていない
- 農場の廃業は計画より速く進む一方、料理店の転業支援申請は低調
- 2025年現在、「法律は前進・現場は受け皿不足」の状態が続いている
法律を作ることは、ゴールではなくスタートラインです。
韓国の犬肉産業廃止は、動物福祉の歴史において間違いなく重要な一歩です。
しかし、業者への現実的な補償がなければ、廃業は進みません。 飼育犬の受け皿がなければ、大量の犬が行き場を失います。 文化的な理解と対話がなければ、社会の分断は深まるだけです。
「法律だけでは終わらない」──この現実を正面から見つめることが、本当の動物福祉への道です。
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参考情報・引用元
- 韓国農林畜産食品省(農林畜산食品部)発表資料
- AFP通信(2024年9月・10月報道)
- Sustainable Japan(2024年1月15日)
- Korean Animal Rights Advocates(KARA)公式情報
- Humane Society International(HSI)活動報告
- 韓国公共放送KBS(2025年8月報道)
- ギャラップ韓国 世論調査(2023年)
- ニールセンコリア 消費者調査
この記事は動物福祉の観点から、公的機関・報道機関の情報をもとに作成しています。特定の文化や個人を批判する意図はありません。
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