アメリカで野生馬1.4万頭を大規模捕獲へ——ヘリコプター追い込みの「残酷さ」と動物福祉の課題

「これは馬を守るためではなく、土地を管理するための決断だ」——そう語る活動家の声が、いま米国西部に響いています。
2026年春、アメリカ政府は西部各州において野生馬(ムスタング)1万4,000頭以上をヘリコプターで追い込み、囲い込む大規模な捕獲計画を進めています。
干ばつの深刻化と生息地の過密状態を理由に掲げるこの計画は、動物福祉の観点から激しい批判を浴びています。
この記事では、野生馬の捕獲問題をめぐる背景・実態・代替案を、データと専門的知見をもとに徹底解説します。
今、何が起きているのか——1.4万頭捕獲計画の全容
計画の概要
2026年、アメリカ土地管理局(BLM:Bureau of Land Management)は、西部各州で1万4,000頭以上の野生馬を捕獲・移送する計画を発表しました。
対象となる州は広範にわたります。
- アリゾナ州
- カリフォルニア州
- コロラド州
- ネバダ州
- モンタナ州
- オレゴン州
- ユタ州
- ワイオミング州
- アイダホ州
コロラド州だけでも1,111頭以上の捕獲が予定されており、そのうち主要な2つの作戦でヘリコプターが使用されます。
最大規模の単独作戦は、コロラド州北西部の約20万エーカーの公有地「ピーアンス=イーストダグラス馬管理区域(Piceance-East Douglas HMA)」での911頭捕獲です。
なぜいま大規模捕獲なのか
BLMが理由として挙げているのは、主に2点です。
- 記録的な干ばつ:特にコロラド州では前例のない乾燥状態が続き、草と水源が著しく不足しています
- 群れの過密化:管理なしでは馬の群れは年間15〜20%のペースで増加し、4〜5年で倍増するとされています
BLMの広報担当スティーブン・ホール氏は「群れの成長速度が土地の許容量を超えると、公有地にも馬自身にもストレスを与える」と述べています。
野生馬保護の歴史と法的根拠
「野生馬アニー」が変えた歴史
現在の野生馬保護政策を語るうえで欠かせないのが、ヴェルマ・ブロン・ジョンストン(通称「野生馬アニー」)の存在です。
1950年代、彼女はトラックで輸送される傷ついた野生馬の群れを目撃し、その保護活動に生涯をかけました。その活動が実を結び、1959年に「野生馬の狩猟規制法(Wild Horse Annie Act)」が成立。モーター車両による野生馬の捕獲が禁じられました。
1971年の画期的な保護法
さらに1971年、リチャード・ニクソン大統領の署名により「野生の自由に生きる馬とロバに関する法律(Wild Free-Roaming Horses and Burros Act)」が成立しました。
この法律は全会一致で可決された歴史的なものであり、野生馬と野生ロバを「西部の歴史とフロンティア精神の生きたシンボル」と位置づけ、以下を定めました。
- 連邦土地での捕獲・ブランド押し・嫌がらせ・殺害の禁止
- BLMとアメリカ森林局による生息地管理の義務化
- 馬の個体数を適切な管理水準(AML)に維持する責務
1971年時点では野生馬・野生ロバは合計約2万5,000頭と推定されていましたが、その後保護政策が功を奏し、2020年には推計9万5,114頭にまで増加しました。
保護と管理のジレンマ
この「回復の成功」が、現在の過密問題を生み出しました。BLMが定める「適切な管理水準(AML)」は現在の生息数の半分以下とされており、常に緊張関係が続いています。
ヘリコプター捕獲の実態——動物福祉の深刻な問題
何が行われているのか
ヘリコプター追い込み捕獲(helicopter drive trapping)とは、低空飛行のヘリコプターで馬の群れを何キロにもわたって追い立て、あらかじめ設置した囲い(トラップペン)に追い込む手法です。
動物福祉団体「Return to Freedom」の記録によれば、捕獲作戦では次のような事態が繰り返されています。
- 馬が激しく追い立てられ、骨折・腱断裂・心肺停止が発生
- 子馬と母馬が強制的に引き離される
- 囲い込み後のパニック状態で、馬同士の衝突による負傷
- 捕獲直後のストレスや脱水症状による死亡
実際に何頭が死んでいるのか
2024会計年度のネバダ州「トリプルB・コンプレックス」捕獲作戦では、2,196頭が捕獲され27頭が現場で死亡しました。その後の施設収容中にも平均12%が死亡すると報告されています。
また、2021〜2022年に行われたワイオミング州チェッカーボード地区での作戦——アメリカ史上最大規模の捕獲——では、3,500頭超を捕獲し37頭が死亡しました。死因には、子宮破裂、頸椎骨折、四肢骨折が含まれています。
ロバへの影響はさらに深刻
2024〜2025年にかけて行われたユタ州キャニオンランズでのロバ捕獲では、捕獲した85頭のうち25頭が数週間以内に死亡しました。ロバはヘリコプターによる追い込みに対し、馬以上に脆弱であることが明らかになっています。
なぜ「人道的」と言えないのか
BLMは「捕獲は人道的に実施されている」と主張しますが、独立した調査者・ジャーナリスト・動物福祉専門家の多くはそれに異議を唱えます。
具体的な問題として挙げられているのは以下の点です。
- ヘリコプターと馬の間の距離が不適切(接近しすぎ)
- 猛暑・酷寒の中での長距離追い込み
- 捕獲現場へのメディアや市民のアクセス制限
- ヘリコプターやモニタリング映像の非公開
実際、2025年のBLM諮問委員会では複数の動物福祉専門家が「ヘリコプターとモニタリングカメラの設置」を求める発言を行っており、透明性の欠如が指摘されています。
捕獲後の馬たちはどこへ行くのか
「施設収容」という名の長期拘禁
捕獲された野生馬の多くは、BLMが管理するオフレンジ保管施設(off-range holding facilities)に送られます。
2023年3月時点で、BLMは全米で約6万1,826頭の野生馬・野生ロバをこれらの施設に収容しています。
施設での生活は、野原を自由に駆け回る野生馬本来の姿とはかけ離れたものです。
- 狭い囲い内での長期飼育
- 社会的な群れ構造の破壊(雌雄・年齢別に強制分離)
- 採用(民間引き渡し)まで平均数年以上待機
養子縁組プログラムの現実
BLMは年間5,000〜7,000頭を「養子縁組(アダプション)」として民間に引き渡しますが、捕獲数はその約3倍に達する年もあります。
養子縁組プログラムには1頭あたり1,000ドルの奨励金が支給されてきましたが、2025年に連邦裁判所がこのプログラムは連邦法に違反するとして無期限停止を命じました。理由の一つは、引き取り手が馬をと畜業者に転売するケースが後を絶たなかったことです。
屠殺の懸念
1971年の保護法は野生馬の屠殺を禁じていますが、2004年の法改正(通称「バーンズ修正条項」)により「余剰馬の無制限販売」が可能となりました。
その後、「トラックいっぱいの野生馬が屠殺業者に売られた」という証拠がジャーナリストによって明らかにされ(ニューヨーク・タイムズ、2021年)、社会的な議論を呼んでいます。
批判の声——活動家・州知事・議員が反対する理由
コロラド州知事の懸念
コロラド州のジャレッド・ポリス知事は、BLMに対してヘリコプター捕獲の使用中止と「より人道的な野生馬管理手法」への移行を求める声明を出しました。
知事クラスの政治家がBLMの計画に公式に反対を表明することは異例であり、この問題の政治的重要性を示しています。
ネバダ州選出議員の法案提出
ネバダ州選出の民主党下院議員ダイナ・タイタス氏は、「野生馬・野生ロバ保護法(Wild Horse and Burro Protection Act of 2025)」を提出。この法案は、ヘリコプターを使った捕獲を永続的に禁止するものです。
タイタス議員は「ネバダ州は全米最多の野生馬を抱えているが、これらの動物は過去数年間、命がけのヘリコプター追い込み捕獲にさらされてきた」と訴えています。
動物福祉団体の声
ラスベガスのBLM事務所前では、抗議者が「馬を自由にしておけ(Keep Our Horses Wild and Free)」と声を上げ、コロラド州の活動家も人道的な代替手段を求めています。
「アメリカン・ワイルド・ホース・コンサベーション(AWHC)」のスコット・ウィルソン氏は次のように述べています。「コロラドだけで1,111頭のムスタングを捕獲し、生涯を囲いの中で過ごさせる計画のコストは、納税者にとって5,300万ドルの負担となる」。
BLM側の主張——「管理しなければ馬も死ぬ」
生態系への影響
BLMの立場は一貫しています。「野生馬の個体数を管理しなければ、土地も馬自身も破壊される」というものです。
同局の主な論拠は以下の通りです。
- 管理なしでは群れは年間15〜20%増加し、4〜5年で倍になる
- 食料・水源の枯渇は、特に干ばつ時に野生馬に甚大な被害をもたらす
- 野生馬の過密は在来植生・土壌・他の野生生物にも悪影響を与える
- 1971年の保護法自体が、過密状態での「余剰馬の除去」をBLMに義務付けている
個体数の実態
BLMの最新データ(2025年3月1日時点)によれば、野生馬の総数は53,797頭(2024年比で8.7%減)。2020年のピーク時(95,114頭)から継続的に減少しています。
BLMはこれを「個体数管理の成果」と位置づけますが、動物福祉団体は「それは数万頭を施設に閉じ込めた結果に過ぎない」と反論します。
コスト問題——納税者が払う巨額の代償
年間100億円超のプログラム費用
野生馬・野生ロバ管理プログラムは、財政的にも大きな問題を抱えています。
2025会計年度のBLM野生馬・野生ロバプログラムの予算は1億4,200万ドル(約200億円)。そのうち約1億100万ドル(約142億円)が、施設に収容された馬の維持費に費やされています。
1頭の野生馬を捕獲し、生涯施設で管理するためのコストは、BLMの推計で最大5万ドル(約700万円)に達します。
一方、雌馬に不妊化ワクチン(PZP)を1回接種するコストは、わずか約220ドル(約3万円)です。
ヘリコプター捕獲のコスト
動物福祉研究所(AWI)の調べでは、2017年度以降だけでBLMはヘリコプター捕獲に2,500万ドル以上を費やしています。それでも問題は解決されていません。
人道的な代替案はあるのか——不妊化ワクチンという選択肢
PZPワクチンの実績
現在、最も有力な代替手段として注目されているのがPZP(免疫避妊ワクチン)やGonaConといった不妊化ワクチンです。
これらは雌馬に向けて遠距離から注射器(ダート銃)で接種でき、数年間の避妊効果をもたらします。ヘリコプターで追い込む必要がなく、馬にかかるストレスも最小限です。
AWhCの保全科学者ニコール・ヘイズ氏は「免疫避妊法は人道的で効果的かつスケーラブルな手法として採用されるべきだ」と強調します。
不妊化の実績データ
2024年度、BLMは野生馬の雌馬に対して1,000件以上の不妊化処置を実施しました。これは一定の前進ですが、全体の捕獲・除去数と比べると依然として微々たるものです。
BLM自身も「不妊化処置の拡大が将来の大規模捕獲を減らすために不可欠」と認めており、今回の計画でも「約200頭の雌馬へのワクチン接種」を組み込んでいます。
なぜ不妊化が進まないのか
専門家たちは、不妊化が十分に活用されない理由として以下を挙げます。
- 予算配分の歪み:野生馬・野生ロバプログラム予算の1%未満しか不妊化に使われていない
- 広域管理の難しさ:数百万エーカーに散らばる何千頭もの馬に接種するのは労力がかかる
- 一部ワクチンの短期性:広く普及しているPZPは複数回接種が必要で、維持管理が困難
- 政治的抵抗:牧場主など一部の利益団体が個体数減少より「土地からの除去」を求める傾向がある
国際的な視点から見た野生馬保護
世界の野生馬保護の動向
野生馬の保護と管理は、アメリカだけの問題ではありません。
オーストラリアでは「ブランビー(Brumby)」と呼ばれる野生馬が、国立公園の生態系に対する影響を理由に大規模な管理対象となっています。2019年にはコジオスコ国立公園で6,000頭削減計画が発表され、こちらでもヘリコプター捕獲や射殺をめぐる議論が続いています。
モンゴルやカザフスタンでは、絶滅寸前だったプルジェワルスキー馬(タヒ)の再野生化プログラムが進められており、繁殖個体数は2,000頭超にまで回復。野生馬保護のポジティブな事例として注目されています。
動物福祉の国際基準
世界動物保健機関(WOAH)が定める動物福祉の基本原則「5つの自由(Five Freedoms)」に照らすと、現在のヘリコプター追い込み捕獲は複数の項目で問題があります。
- 苦痛・傷・病気からの自由:骨折・死亡事故が繰り返されている
- 恐怖・苦悩からの自由:長時間の追い立てによる極度のパニック状態
- 正常な行動を表現できる自由:施設収容後の群れ構造の破壊
国際的な動物福祉の基準から見ても、現在の手法には改善の余地が大きいと言えます。
まとめ——野生馬問題が問いかけるもの
アメリカの野生馬1.4万頭捕獲計画は、単なる「害獣駆除」でも「動物虐待」でもありません。
それは、保護と管理のあいだにある矛盾、生態系の持続可能性と個々の命の価値、そして公共政策における透明性と倫理が交差する、きわめて複雑な問題です。
この問題の核心を整理すると
| 論点 | BLM・政府側 | 動物福祉・保護側 |
|---|---|---|
| 捕獲の必要性 | 干ばつ・過密で不可欠 | 不妊化で代替可能 |
| ヘリコプター手法 | 最も効率的・人道的 | 死亡・傷害を多数生む |
| 捕獲後の処遇 | 養子縁組・放牧地へ | 事実上の終身収容 |
| コスト | 管理しないとさらに増加 | 不妊化のほうが安い |
| 透明性 | 現行手続きは適切 | カメラ設置・公開を求める |
何が変われば解決できるのか
専門家や活動家たちが共通して求めるのは、以下の点です。
- 不妊化プログラムへの予算大幅増額
- 捕獲現場のカメラ設置と映像公開
- 外部専門家による独立監査の導入
- 地域住民・先住民族・環境団体との協議の義務化
- ヘリコプター捕獲に関する法的規制の強化
野生馬は、アメリカという国の自由・開拓・自然との共存の象徴です。
1971年の保護法が全会一致で可決されたとき、国民は「馬は単なる資源ではなく、守られるべき命だ」と宣言しました。その精神が、今また問われています。
この問題に関心を持ったあなたへ。
「アメリカン・ワイルド・ホース・コンサベーション(AWHC)」や「アニマル・ウェルフェア・インスティチュート(AWI)」への支援・署名活動が、野生馬の未来を変える一歩になります。遠く離れた日本からでも、声を上げることに意味があります。
本記事は公開情報をもとに作成した専門的解説記事です。BLMの公式データ、動物福祉団体の報告書、議会資料などを参照しています。情報は2026年3月時点のものです。
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