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オーストラリアの野生馬「ブランビー」問題とは?——生態系破壊・動物福祉・日豪比較で読み解く

オーストラリアの野生馬「ブランビー」問題とは

この記事でわかること

  • ブランビーとは何か、その歴史的背景
  • オーストラリアで起きている駆除問題の実態とデータ
  • 動物福祉の観点から見た問題の核心
  • 日本の野生動物管理との共通点・相違点
  • 今後の課題と私たちにできること

ブランビー問題が世界に突きつける問い

 

「銃弾ではなく、正しい評価を」——。

これは、オーストラリアの野生馬保護団体「Save the Brumbies」の創設者ジャン・カーター氏が、2023年にオーストラリア議会に提出した文書に記した言葉です。

オーストラリア最大の国立公園のひとつ、コジオスコ国立公園。

雄大な自然の中を駆けるブランビー(Brumby)と呼ばれる野生馬は、その美しい姿の一方で、生態系を脅かす「ペスト(害獣)」として管理対象になっています。

ニューサウスウェールズ州は、ヘリコプターから馬を射殺する「空からの駆除」を正式に許可し、4年間で国立公園の野生馬約1万4000頭を駆除する計画を進めています。

 

一方で、この駆除計画をめぐっては保護団体や市民から強い反発が起きており、政府関係者への脅迫にまで発展し、2022年9月にはコジオスコ国立公園の事務所に「爆破」を予告する手紙が届いたという事実もあります。

「生態系保護」vs「動物の命」。

この問題の構造は、実は日本でも起きていることと、深く重なっています。

 

本記事では、ブランビー問題の全体像を整理しながら、動物福祉の専門的視点で日豪の取り組みを比較します。


ブランビーとは何か?——その歴史と生態

 

ヨーロッパ人が持ち込んだ「外来馬」の子孫

オーストラリアにはもともと野生馬は存在しませんでした。1780年代のヨーロッパからの入植を機に、農耕や輸送を目的として家畜化された馬が持ち込まれたのが始まりです。

ヨーロッパから運ばれた馬の頭数は1800年にはまだ200頭ほどでしたが、1820年までには3500頭、1850年には16万頭と急激に増加しました。

 

そして開拓が進む中でフェンスから逃げ出した馬たちが野生化し始め、逃走が初めて記録されたのは1804年のことでした。

第一次世界大戦後に機械革命が起こり、馬の輸送・軍事的需要が激減すると、野放しにされた家畜馬が荒野で生き延び、急激に個体数を増やしました。

 

こうして生まれたブランビーは、サラブレッド種やクライズデール種、ポニーなどが交雑し、オーストラリアの高温・乾燥したアウトバックの厳しい環境に適応した、非常に頑強な馬です。

ブランビーを捕獲して再び家畜化された馬はオーストラリアン・ストック・ホースと呼ばれ、2000年のシドニーオリンピックの開会式にも参加しています。

つまりブランビーは「外来種」でありながら、オーストラリアの歴史・文化に深く根ざした存在でもあるのです。

 

ブランビーの分布と現在の個体数

2000年に豪政府が公表したオーストラリア国内の野生化した馬の数は約40万頭で、現在はさらに上回り100万頭以上と推測されています。

分布域は広大で、肉牛の放牧地が広がるノーザンテリトリー州の荒野をはじめ、西オーストラリア州、南オーストラリア州、標高2000mの山々が連なるオーストラリアアルプス地帯(ビクトリア州・ニューサウスウェールズ州・オーストラリア首都特別地域)にまたがり、国立公園内にも生息しています。

 

特に問題視されているのが、高山生態系への影響です。

オーストラリアは高山地帯の面積が大陸全体のわずか1%しかなく、他の地域では見られない固有種や絶滅危惧種が多く生息しています。しかしその高山地帯では外来種である馬が急速に繁殖し、生態系に大きなダメージを与えています。


ブランビー問題の核心——生態系への影響とは

 

馬が引き起こす環境破壊の実態

ブランビーが生態系に与える影響は、単純に「草を食べる」という問題にとどまりません。

具体的な被害として指摘されているのは、以下のとおりです。

  • 土壌の踏み固め・浸食:蹄による圧力が土壌構造を破壊し、植生の回復を妨げる
  • 水源の汚染:水場に排泄物を残すことで、水質が悪化する
  • 樹木への食害:木の皮や枝を齧ることで、樹木が枯死する
  • 固有種の圧迫:希少な高山植物や在来動物の生息域を奪う

チャールズ・スタート大学の生態学者デビッド・ワトソン氏は、「野生の馬は高山地帯に生息する魚やカエルを脅かしているだけではなく、その蹄で繊細な高山植物を踏み荒らし、食い散らかしている」と警告しています。

さらに2021年10月、オーストラリア科学アカデミーの科学者69人が公開書簡を発表し、「コジオスコ国立公園の管理計画では残存する馬の数が多すぎて、公園を適切に保護できない」と訴えました。

この声明は、科学コミュニティが駆除計画に対して「不十分」と見ていることを如実に示しています。

 

「ペスト」か「文化遺産」か——社会を二分する議論

一方、ブランビーを守ろうという声も根強くあります。

保護賛成派の主な主張は3つあります。①ブランビーたちは200年近く培ってきた国の歴史的文化遺産である、②動物福祉の観点からブランビーにも生きる権利がある、③生態系とのバランス・自然環境保護につながる、というものです。

保護団体「Save the Brumbies」は、政府が「欠陥のある調査方法」で個体数を評価していると批判し、受胎調整や別の地域への移送など、非致死的な手段を強く求めています。

 

ここには、動物福祉の問題として非常に重要な視点が含まれています。

「管理が必要」という事実と、「どのように管理するか」という倫理の問題は、本来切り離して考えるべきではありません。


ヘリコプター駆除の実態——動物福祉の観点から

 

「空からの駆除」とは何か

2023年、ニューサウスウェールズ州政府はヘリコプターからの射殺を正式に許可しました。

試験的に実施されたトライアルでは、獣医師がヘリコプターに同乗した上で2日間で270頭が駆除され、「撃たれてから意識がなくなるまでの平均時間は5秒、1頭の馬を駆除するのに平均7.5発が使用された」と当局は説明しています。

また獣医師は43頭の馬を地上で確認し、「動物福祉上、有害な事象はなかった」と発表しました。

政府側はこの結果を「人道的」と主張しています。

 

しかし、「7.5発で1頭」という数字が示すのは、1発で即死する馬ばかりではないという現実です。

高速で飛ぶヘリコプターから動く馬を狙う状況下では、急所を正確に撃ち抜くことは極めて困難です。苦しみながら死を迎える馬が一定数存在するという事実は、動物福祉の観点から見て看過できません。

 

RSPCAが示す「人道的駆除」の基準

オーストラリアを代表する動物福祉団体RSPCA(王立動物虐待防止協会)は、ブランビーをどう見ているのでしょうか。

RSPCAはブランビーを「外来種(Introduced Species)」として位置づけ、「人間の生活・健康・幸福、生態系に対して悪影響を与えることを防ぎ、個々の動物福祉を守るため、野生動物の数を管理することは必要である。基本的に必要時には駆除を行うべきであり、駆除方法に関しては人道的に、かつターゲットを定め効率的に行うべき」と提言しています。

つまりRSPCAも「駆除が必要な場合がある」という立場です。

ただし、その条件は「人道的」であること。これが実践されているかどうかが、ブランビー問題の動物福祉的核心といえます。


日本の野生動物管理との比較——共通点と違い

 

日本が直面する「管理か共生か」の問題

ここで視点を日本に移してみましょう。

日本でも、野生動物の個体数管理は深刻な社会課題になっています。

ニホンジカやイノシシは近年急速に生息域を拡大しており、1978年度から2018年度までの40年間でニホンジカの分布域は約2.7倍、イノシシの分布域は約1.9倍に拡大しました。

 

環境省と農林水産省は2013年に「ニホンジカとイノシシの個体数を10年後(令和5年度)までに半減」という目標を共同で設定。しかしニホンジカ(本州以南)の個体数は目標達成が難しい状況が続き、期限を令和10年度まで延長することになりました。

令和4年度末における本州以南のニホンジカの個体数は、中央値で約246万頭と推定されています。

さらに2024年4月には鳥獣保護管理法の施行規則が改正され、指定管理鳥獣に新たにクマ類(絶滅のおそれがある四国の個体群を除く)が追加されました。

クマの問題は特に市民感情と行政管理のギャップが大きく、まさにブランビー問題と構造的に重なります。

 

日豪の共通点

日本とオーストラリアには、野生動物管理において驚くほど多くの共通点があります。

 

① 「増えすぎた動物」が生態系・農業を脅かしている

日本ではシカ・イノシシ・クマ、オーストラリアではブランビー。いずれも人間活動(放棄農地・ハンター減少・温暖化など)が個体数増加の背景にあります。

 

② 「管理が必要」という科学的コンセンサスと市民感情のズレ

専門家が「捕獲・駆除が必要」と訴えても、「かわいそう」「共存できるはずだ」という市民感情との間に大きな溝が生まれます。

 

③ 非致死的手段の限界と致死的手段への依存

受胎調整や移送は費用・時間の面でスケールしにくく、結局は捕獲や駆除が主力手段になっています。

 

④ 動物福祉への配慮が「後回し」になりやすい

管理の「量」(何頭減らすか)が優先され、「質」(どのように管理するか)の議論が遅れがちです。

 

日豪の大きな違い

一方で、重要な違いもあります。

 

比較軸 オーストラリア(ブランビー) 日本(シカ・クマなど)
動物の位置づけ 外来種・文化遺産の両側面 在来種(シカ・クマは固有種)
個体数規模 全土で100万頭超 シカ約246万頭(本州以南)
主な管理手段 ヘリコプター空中射殺 狩猟・わな・囲いわな
市民感情 「国の象徴」として保護派が強い 被害当事者(農家・山間部)が多い
制度的枠組み 州法・国立公園法による管理 鳥獣保護管理法・外来生物法
動物福祉議論の成熟度 RSPCAなど大規模NGOが活発 日本ではまだ発展途上

 

最も大きな違いは「動物の位置づけ」です。

ブランビーは外来種でありながら「国の歴史の一部」という認識が社会に根付いています。一方日本では、シカやイノシシは在来種であっても、農業被害の「加害者」として認識されることが多く、保護派の声は相対的に小さい傾向があります。

また、動物福祉の議論の成熟度にも差があります。

 

日本では「動物の愛護及び管理に関する法律」が野生動物の管理に直接適用されにくく、駆除方法の動物福祉的側面が制度的に問われる仕組みが十分に整っていません。


解決策はあるか——世界が試みる代替手段

 

受胎調整(免疫避妊法)の可能性と限界

駆除に代わる手段として最も注目されているのが、免疫避妊法(PZP:ポーサイン・ゾーナ・ペルシダ)です。

これは馬の繁殖能力を一時的に抑制するワクチンを射撃銃で注入する方法で、アメリカ西部の野生馬管理などで実績があります。

ただしこの手法にも限界があります。

  • コストが高い:大規模な個体群への適用は費用が膨大になる
  • 追跡が必要:効果を維持するために定期的な再投与が必要
  • 即効性がない:個体数が急増している状況では対応が追いつかない

2002年以降、ニューサウスウェールズ州で移送された馬はわずか1000頭ほどで、スケールの問題から基本的にはヘリコプターからの射殺が主力手段として採られています。

 

「再家畜化」という道

もうひとつの選択肢が、捕獲して飼育・乗馬用に転用する「再家畜化」です。

ブランビーを捕獲して再び家畜化された馬はオーストラリアン・ストック・ホースと呼ばれ、牧場や乗馬クラブで活躍しています。

しかし一度完全に野生化した馬を飼い慣らすには高度な技術と時間が必要であり、個体数管理の主力手段にはなり得ません。

 

日本からの学び——ジビエ活用と地域連携

日本では野生鳥獣の「管理」と「活用」を両立させる取り組みが進んでいます。

鳥獣被害対策の基本は①個体群管理(捕獲による個体数削減)、②侵入防止対策(農地周囲の柵)、③生息環境管理(人と動物の居住範囲の分離)の3つです。

さらに近年注目されているのが、駆除されたシカやイノシシを食材「ジビエ」として活用する取り組みです。命を無駄にしないこの姿勢は、動物福祉の観点からも評価に値します。

 

ただし日本でも、駆除方法の人道性(どのように死なせるか)についての議論はまだ十分ではありません。

ブランビー問題から日本が学ぶべき最大の点は、「管理の量だけでなく、質(動物が受ける苦しみをどう最小化するか)を社会として問い続ける姿勢」かもしれません。


動物福祉から見た「管理」の本質

 

「5つの自由」が問いかけるもの

国際的な動物福祉の基準として広く知られる「5つの自由(Five Freedoms)」は、以下のとおりです。

  1. 飢えと渇きからの自由
  2. 不快からの自由
  3. 痛み・傷・病気からの自由
  4. 正常な行動を表現する自由
  5. 恐怖と苦悩からの自由

ヘリコプターから射撃される馬は、この5つのうちいくつを満たしているでしょうか。

即死ではない場合、③と⑤は明らかに侵害されます。管理の「必要性」と「方法の倫理性」は、セットで議論されなければなりません。

 

オーストラリアの動物保護団体は「ブランビーたちに痛み・恐怖・苦しみから解放し、生きる権利を与えるべきである」と提言しています。

これは感情論ではなく、国際的な動物福祉基準に基づいた正当な要求です。

 

科学と倫理の統合が求められる時代

野生動物管理の未来は、「科学 vs 感情」という二項対立ではなく、科学的根拠に基づいた管理と、倫理的配慮の統合にあります。

生態系を守るために一定数の管理は必要です。

 

しかし同時に、その管理が動物に与える苦痛を最小化するための継続的な技術開発と制度設計も不可欠です。

オーストラリアでは今、この両立を模索するための議論が社会全体で続いています。日本もその議論から、多くを学ぶことができるはずです。


まとめ——ブランビー問題が教えてくれること

 

ブランビーは「人間が連れてきた馬」です。

その子孫たちは何世代にもわたってオーストラリアの大地を生きてきました。今、彼らは人間の都合で「害獣」と呼ばれ、ヘリコプターから射殺されています。

 

この問題に「完全な正解」はありません。

生態系を守ることも、動物の苦しみを最小化することも、どちらも正しい目標です。

大切なのは、「どうせ駆除するんだから」と思考を止めるのではなく、より良い管理の方法を常に探し続ける社会であることです。

 

日本においても、シカ・イノシシ・クマをめぐる管理と動物福祉の議論はまだ途上にあります。

ブランビーの問題は遠い国の話ではなく、私たちが今まさに直面している課題そのものです。


この記事を読んで、野生動物との共存について考えを深めたあなたへ。

まず一歩として、環境省が公開している「外来種被害防止行動計画」や「鳥獣保護管理」の最新情報をチェックしてみてください。そして身近な自治体や動物福祉団体の活動に目を向けることが、変化の始まりになります。あなたの関心が、次世代に残す生態系と動物福祉の質を変える力になります。


参考情報・関連リンク先


本記事は動物福祉の観点から野生動物管理問題を考えるための情報提供を目的としています。引用データはすべて公的機関・専門機関の情報に基づいています。

 

 

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この記事を書いた人

阪本 一郎

1985年兵庫県宝塚市生まれ。
新卒で広告代理店に入社し、文章で魅せるということの大事さを学ぶ。
その後、学習塾を運営しながらアフィリエイトなどインターネットビジネスで生計を立て、SNSの発信力を磨く。
ある日公園で捨てられていた猫を拾ってから、自分の能力を動物のために使いたいと思うようになり、猫カフェを開業。
ヴィーガン食品、平飼い卵を使った商品を開発。
今よりもっと動物が自由に生きられる世の中にしたいと思い、行動しています。

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