ベルリン動物園から学ぶ動物福祉の未来―日本が目指すべき姿とは
はじめに
2019年、私はドイツのベルリン動物園を訪れました。その広大な敷地と動物たちの生き生きとした姿は、日本の動物園とは明らかに異なるものでした。この体験は、動物福祉について深く考えるきっかけとなり、日本とヨーロッパの動物に対する意識の違いを痛感させられました。
本記事では、ベルリン動物園の実例を通じて、動物福祉の本質と、日本が直面している課題、そして私たち一人ひとりができることについて詳しく解説します。
ベルリン動物園の圧倒的なスケールと動物福祉への配慮
広大な敷地がもたらす自由
ベルリン動物園を訪れて最初に驚いたのは、その圧倒的な広さでした。園内を一周するだけでも相当な距離があり、良い運動になるほどです。しかし、この広さは単なる観光施設としての規模ではありません。動物たちの生活空間として、十分なスペースが確保されているのです。
動物たちの展示エリアは、それぞれの種に応じて広々と設計されており、自然に近い環境が再現されています。日本の多くの動物園で見られるような、狭い檻の中で動物が往復運動を繰り返す「常同行動」や、首を振り続けるといった異常行動は、ベルリン動物園では見られませんでした。
異常行動が見られない理由
動物の異常行動は、ストレスや退屈、運動不足、社会的交流の欠如などから生じます。ベルリン動物園では、以下のような配慮が徹底されています。
環境エンリッチメントの充実 動物たちの知的好奇心を刺激するため、餌を隠す仕掛けや、探索できる複雑な地形、遊具などが設置されています。これにより、野生での生活に近い刺激と活動が提供されます。
適切な社会的グループの維持 社会性のある動物には、適切な群れの構成が維持されており、自然な社会的交流が可能です。孤独によるストレスを軽減し、動物本来の行動を引き出します。
自然に近い生息環境の再現 岩場、水場、植生など、それぞれの種の原産地に近い環境が丁寧に作り込まれています。動物たちは隠れたり、日向ぼっこをしたり、自由に行動を選択できるのです。
日本とヨーロッパの動物園における意識の違い
ヨーロッパの動物園哲学
ヨーロッパの動物園、特にドイツでは、動物福祉は単なる努力目標ではなく、法的義務として位置づけられています。動物園の役割も、娯楽施設から「種の保存」「教育」「研究」「動物福祉」を柱とする総合的な施設へと進化しています。
ドイツでは動物保護法が厳格で、動物を飼育する際には「5つの自由」が保障されることが求められます。
- 飢えと渇きからの自由
- 不快からの自由
- 痛み、傷害、病気からの自由
- 正常な行動を表現する自由
- 恐怖や苦痛からの自由
この「5つの自由」は、動物福祉の国際的な基準として広く認識されており、ヨーロッパの動物園ではこれを最低限の基準として運営されています。
日本の動物園が抱える課題
一方、日本の動物園の多くは、まだ改善の余地が大きいのが現状です。もちろん、近年では動物福祉に配慮した取り組みを始めている施設も増えていますが、全体としては以下のような課題が残されています。
スペースの制約 都市部の動物園では土地の確保が難しく、動物たちの生活空間が十分ではないケースが多く見られます。特に大型動物にとっては、運動不足やストレスの原因となっています。
展示優先の設計 来園者の視認性を優先するあまり、動物たちが隠れる場所や休息できるプライベート空間が不足している施設があります。動物たちは常に人目にさらされ、休まる時間がありません。
予算と人材の不足 動物福祉の向上には、施設の改修や専門スタッフの配置が必要ですが、予算や人材が限られている施設も少なくありません。
教育と啓発の不足 動物園を訪れる来園者に対して、動物福祉の重要性を伝える取り組みが十分ではないケースもあります。動物園は娯楽施設である前に、教育施設であるべきです。
動物福祉の課題は動物園だけではない
畜産動物の福祉
動物福祉の問題は、動物園に限った話ではありません。日本では畜産動物の福祉も大きな課題となっています。
狭いケージでの飼育 日本の養鶏場の多くでは、採卵鶏がバタリーケージと呼ばれる狭いケージの中で一生を過ごします。翼を広げることもできない環境は、鶏に大きなストレスを与えます。
EUでは2012年からバタリーケージの使用が禁止されており、より広い環境での飼育が義務付けられています。しかし日本では、こうした国際基準への対応が遅れているのが現状です。
豚の妊娠ストール 妊娠した雌豚を狭いストールに閉じ込める飼育方法も、日本では一般的です。豚は体の向きを変えることもできず、横になることすら難しい環境で数ヶ月を過ごします。
ヨーロッパでは妊娠ストールの使用制限や禁止が進んでおり、群飼育への移行が進められています。
輸送と屠殺の環境 動物たちの輸送時や屠殺時の取り扱いについても、日本は改善の余地があります。できる限りストレスや苦痛を軽減する配慮が必要です。
愛護動物の福祉
ペットとして飼われている犬や猫などの愛護動物についても、日本の動物福祉意識は十分とは言えません。
ペットショップでの生体販売 日本では当たり前のように行われているペットショップでの子犬・子猫の販売ですが、欧米の多くの国では規制や禁止の動きが進んでいます。
生後間もない動物を親から引き離し、狭いショーケースで展示販売することは、動物の福祉の観点から問題があるとされています。
殺処分の問題 日本では年間数千頭の犬や猫が殺処分されています。近年は減少傾向にありますが、それでも多くの命が失われているのが現実です。
ドイツでは行政の「殺処分ゼロ」が実現されており、保護施設の充実と里親制度の普及が進んでいます。
飼育放棄と虐待 無責任な飼育放棄や、虐待事件も後を絶ちません。動物を飼うことの責任と、命の尊さについての教育がまだ十分に浸透していません。
日本の動物福祉を向上させるために必要なこと
法整備の強化
日本の動物愛護管理法は数年ごとに改正されていますが、欧米の基準と比較するとまだ不十分な点があります。
具体的な飼育基準の明確化 動物の種類ごとに、最低限必要なスペースや環境条件を法律で明確に定める必要があります。曖昧な基準では、改善が進みません。
罰則の強化 動物虐待や不適切な飼育に対する罰則を強化し、抑止力を高めることも重要です。
第三者機関による監査 動物を扱う施設に対して、独立した第三者機関が定期的に監査を行い、動物福祉の基準が守られているかチェックする仕組みが必要です。
教育と啓発
動物福祉の意識を社会全体に浸透させるには、教育が不可欠です。
学校教育での動物福祉 子どもたちが動物の命の尊さと、適切な接し方を学ぶ機会を増やすべきです。生き物を飼育する体験を通じて、責任感と共感力を育てることができます。
メディアでの情報発信 テレビや雑誌、SNSなどを通じて、動物福祉の重要性を広く伝えることが大切です。海外の先進事例を紹介することで、日本の現状を相対化する視点も生まれます。
動物園の教育機能の強化 動物園は、来園者に動物福祉について学んでもらう絶好の場です。展示方法を工夫し、動物の生態や保全の必要性、福祉への配慮などを分かりやすく伝える取り組みを充実させるべきです。
消費者としての選択
私たち一人ひとりの日常的な選択が、動物福祉の向上につながります。
アニマルウェルフェア認証の製品を選ぶ 動物福祉に配慮した方法で生産された卵や肉、乳製品を選ぶことで、より良い飼育環境への転換を後押しできます。「平飼い卵」や「放牧豚肉」など、動物に優しい選択肢が増えています。
ペットは保護施設から迎える 新たにペットを迎える際は、ペットショップではなく、保護施設や里親募集から迎えることを検討しましょう。一つの命を救うことにつながります。
エシカル消費への意識 毛皮やレザーなど、動物由来の製品を購入する際も、その生産過程を考え、本当に必要かどうか見極めることが大切です。動物実験を行っていない化粧品を選ぶことも、できる行動の一つです。
動物たちが幸せに暮らせる社会を作るために
個人でできること
情報を得て、学び続ける 動物福祉に関する情報を積極的に収集し、学び続けることが第一歩です。書籍、ドキュメンタリー、信頼できるウェブサイトなどから知識を得ましょう。
声を上げる 不適切な動物の扱いを見かけたら、適切な機関に通報することも大切です。また、動物福祉の向上を求める署名活動に参加したり、SNSで情報を共有したりすることで、社会的な関心を高めることができます。
ボランティアや寄付 動物保護団体のボランティア活動に参加したり、寄付をしたりすることで、直接的な支援ができます。時間やお金の余裕がある方は、ぜひ検討してみてください。
周囲の人と対話する 家族や友人と動物福祉について話し合うことで、意識の輪を広げることができます。押し付けるのではなく、共感を持って伝えることが大切です。
社会全体での取り組み
企業の責任 企業には、サプライチェーン全体で動物福祉に配慮することが求められます。動物実験の削減、アニマルウェルフェアに基づいた調達方針の採用など、企業の姿勢が社会を変える大きな力となります。
行政の役割 国や自治体は、法整備、予算配分、啓発活動などを通じて、動物福祉の向上をリードする責任があります。市民の声を反映した政策決定が重要です。
専門家の貢献 獣医師、動物行動学者、動物福祉の専門家たちは、科学的根拠に基づいた提言と、実践的な改善策の提案を続けることで、社会の変革を支えています。
おわりに―ベルリン動物園から学んだこと
2019年にベルリン動物園を訪れた経験は、私にとって動物福祉を深く考える転機となりました。広大な敷地、自然に近い環境、そして異常行動を見せない生き生きとした動物たち。それは、動物たちに尊厳ある生活を提供することが可能であることの証明でした。
日本とヨーロッパの動物に対する意識には、まだ大きな差があります。しかし、それは決して埋められない溝ではありません。一人ひとりが意識を変え、行動を変えることで、日本の動物福祉は必ず向上します。
動物園の動物たちだけでなく、畜産動物、そして私たちの身近にいる愛護動物たち。すべての動物が幸せに暮らせる社会を実現するために、今日から、小さな一歩を踏み出してみませんか。
その一歩が、やがて大きな変化となり、人と動物が共生する、より良い未来へとつながっていくのです。
古着買取、ヴィーガン食品やペットフードの買い物で支援など皆様にしてもらいたいことをまとめています。
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