イルカショー禁止・なくなる理由とは?世界の潮流と日本の水族館の未来
はじめに:世界で広がるイルカショー禁止の動き
近年、世界各国でイルカショーを禁止する法律が相次いで成立しています。かつて水族館の目玉として愛されてきたイルカショーは、今まさに転換期を迎えているのです。
2021年11月、フランスでは動物福祉法案が可決され、5年後にイルカショーが禁止されることが決まりました。2025年6月には、メキシコでも水族館でのイルカショーなど海洋哺乳類を使った見せ物を禁じる法案が全会一致で可決されています。韓国でもイルカショーは禁止になり、ロシアでは2023年7月に教育・文化教養目的での鯨類の捕獲を禁止する法律が成立しました。
日本においても、東京都品川区のしながわ水族館が2027年度のリニューアルに際してイルカショーと展示自体を廃止することを発表し、大きな注目を集めました。世界的な「動物保護を取り巻く世界情勢」の変化が、その理由として挙げられています。
では、なぜ今、イルカショーが問題視され、禁止される動きが広がっているのでしょうか。本記事では、法律で規制されることになった経緯、動物福祉の考え方、イルカショーの問題点、そしてこれからの水族館のあり方について、詳しく解説していきます。
イルカショーが法律で規制されるようになった経緯
国際的な動物福祉意識の高まり
イルカショー規制の流れは、1960年代のヨーロッパにおける動物福祉運動から始まりました。当時、イギリスで家畜の劣悪な飼育管理が問題視され、動物の権利を守る活動が活発化したのです。この動きは次第に家畜だけでなく、動物園や水族館で飼育される動物にも広がっていきました。
特に転機となったのが2009年です。この年、和歌山県太地町のイルカ追い込み漁を取り上げた映画「ザ・コーヴ」が公開され、国際的に大きな反響を呼びました。この映画をきっかけに、日本のイルカ漁が世界から批判される流れが加速し、イルカショーそのものへの疑問も投げかけられるようになったのです。
世界動物園水族館協会(WAZA)の決定
2004年、世界動物園水族館協会(WAZA)が台湾での総会で、「追い込み漁により捕獲されたイルカを受け入れてはならない」という方針を決定しました。これにより、日本動物園水族館協会(JAZA)も2015年に追い込み漁からのイルカを水族館に導入することを禁じる決定を下しました。
この決定は、日本の水族館業界に大きな影響を与えました。それまで和歌山県太地町からイルカを入手していた多くの水族館が、新たな入手方法を模索せざるを得なくなったのです。人工繁殖という選択肢もありますが、技術的な課題が多く、実現は容易ではありません。
各国での法規制の進展
フランスでは2021年の動物福祉法案により、イルカショーのほか、サーカスでの野生動物の使用、ペットショップでの犬猫店頭販売なども禁止されることになりました。この法律は、動物を単なる娯楽の道具として扱うことへの反省から生まれたものです。
メキシコでは2025年6月、海洋哺乳類の捕獲・利用を禁止し、繁殖も原則的にできなくする法律が成立しました。推計350頭のイルカが1年半の移行期間中に海中の指定区域などに移されることになっています。
ロシアでは、2018年に「イルカ監獄」事件が国際的に問題となりました。中国の水族館に売却するため、違法に捕獲された11頭のシャチと87頭のシロイルカが狭い生簀に閉じ込められていたこの事件をきっかけに、鯨類の捕獲等に法規制の動きが加速しました。2022年1月には商業目的での鯨類の捕獲が禁止され、2023年7月には教育・文化教養目的での捕獲を禁止する法律も成立しています。
日本における法整備と議論
日本国内では、2019年に改正された動物の愛護及び管理に関する法律では、動物取扱業の基準強化・販売規制などが盛り込まれました。また、海外報道では「日本も動物園及び水族館の管理に関する法律改正案で『イルカショー禁止』の動きがある」と報じられており、「イルカなどの上に乗る・触る・餌を与える行為を禁止」といった条文案が浮上しているという情報があります。
ただし、この点については国内で現に「完全禁止が確定」しているものではなく、多くが「報道ベース」「検討中/議論中」という段階です。
動物福祉(アニマルウェルフェア)とは何か
動物福祉の定義と基本概念
動物福祉(アニマルウェルフェア)とは、「動物が生きて死ぬ状態に関連した、動物の身体的及び心的状態」を意味します。これは世界の動物衛生の向上を目的とする国際機関である国際獣疫事務局(WOAH)による定義です。
簡単に言えば、人間が動物を利用する際に、動物にとって何が快適なのかを基準として考える、動物主体の考え方です。家畜を快適な環境下で飼養することにより、ストレスや疾病を減らすことが重要であり、結果として生産性の向上や安全な畜産物の生産にもつながるという実利的な側面もあります。
「5つの自由」という指針
アニマルウェルフェアの核心となるのが「5つの自由」という概念です。これは1960年代にイギリスで提唱され、現在では国際的な動物福祉の標準として広く認められています。
5つの自由とは:
- 飢えや渇きからの自由 – 栄養や水の不足を避ける
- 不快からの自由 – 施設や設備を整備し、飼育環境を改良する
- 痛み・損傷・病気からの自由 – 疾病や怪我の予防、早期治療など
- 正常行動の発現の自由 – 本来その動物が持つ正常行動が適切に発現できるようにする
- 恐怖・苦悩からの自由 – 心理的な苦悩を避ける
これらの自由は、家畜だけでなく、ペットや実験動物、動物園や水族館で飼育されている動物など、あらゆる動物たちに対する指針として世界中に広まっています。近年では、この「5つの自由」を上回る、より動物本来の生き方に寄り添う方向へ進んでいるとも言われています。
動物愛護との違い
動物福祉と混同されやすい概念に「動物愛護」があります。動物愛護は、人間が動物を愛し大切にする、人間の感情を主体とした考え方です。一方、アニマルウェルフェアは動物主体の考え方で、人間の感情は考慮せず、動物にとって何が快適なのかを基準としている点が大きく異なります。
また、動物福祉は人間が動物を食用などに利用することや殺すことを否定していません。動物を利用することを前提としながら、その生きている間の待遇を改善しようとする考え方なのです。
日本のアニマルウェルフェアの現状
日本では、農林水産省が畜種ごとに「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」を作成していますが、法的強制力はなく、実行力のある法規制がないのが現状です。
2024年の調査では、消費者の7割以上が畜産物購入時に「どのような環境で飼育しているか」を気にしないと回答しています。また、2021年の調査でも75%の消費者が「アニマルウェルフェアを聞いたことがなかった」と回答しており、諸外国に比べて市民の認知度や意識は依然低い状況です。
アメリカでは35.2%、イギリスでは60.4%、オーストラリアでは65.3%がアニマルウェルフェアに配慮した畜産物の購入経験があるのに対し、日本ではわずか5.8%にとどまっています。
イルカショーが問題だとされてきた理由
イルカの高い知能と複雑な社会性
イルカは非常に高い知能を持つ動物として知られています。複雑な言語体系を持ち、自己認識能力があり、仲間と協力して狩りをするなど、高度な社会性を示します。そのため、狭い水槽での飼育は、イルカにとって大きなストレスとなる可能性が指摘されています。
野生のイルカは1日に100キロメートル以上泳ぐこともありますが、水族館のプールはその自然な行動範囲に比べて極めて狭いのが現実です。イルカを飼育下に置くことは、檻の中を行ったり来たりするなどの常同行動(ストレス行動)を引き起こすことがあると言われています。
「笑顔」の誤解
多くの人がイルカはショーを楽しんでいると感じる要因として、イルカが笑っているように見えることが挙げられます。しかし、イルカには表情筋がなく、もともとの骨格で口角が上がっているにすぎません。つまり、私たちが見る「笑顔」は、イルカの感情を表すものではないのです。
複数の元ドルフィントレーナーや専門家は、イルカはお腹が空いていないと芸をしないと指摘しています。事実、イルカショーの最中、トレーナーは芸と引き換えにつねに餌を与え続けています。イルカにとってショーは「食事が貰える機会」であり、生きるため、飢えないために芸をしているだけなのです。
追い込み漁の問題
日本の水族館の多くは、和歌山県太地町の追い込み漁で捕獲されたイルカを購入してきました。この漁法は、群れで泳ぐイルカを湾に追い込み、生け捕りにするものですが、国際的には残酷だと批判されてきました。
2018年9月には、セーリングワールドカップ江の島大会の開会式でイルカショーが行われたことに対して、海外選手から「ショックを受けた」「恥ずかしい」との批判が相次ぎました。国際セーリング連盟も「イルカショーをしたのは遺憾だ」と日本側を非難し、日本セーリング連盟は謝罪する事態となりました。
飼育環境の問題点
日本では約500頭のイルカが水族館などで飼育されており、中国の約700頭に次ぐ世界第2位の飼育数です。しかし、人口比に換算すると中国の約8倍と、他国と比べて圧倒的に多い数となっています。
アメリカでは海洋哺乳類保護法の下に飼育基準が定められていますが、スペースに関する数値が極めて狭いままであることが問題視されています。また、映画「ブラックフィッシュ」の影響により、シャチショーで有名な「シーワールド」がシャチの繁殖やショーの廃止を決定するなど、欧米では大きな変化が起きています。
教育的効果への疑問
イルカショーは教育的だという主張もありますが、研究によれば、イルカを飼育する施設が50カ所以上もある日本では、むしろイルカを保護する気風が低調だと指摘されています。つまり、イルカショーがイルカの保護意識につながっているという証拠は乏しいのです。
水族館での商業的な扱いは、イルカの生態について誤解を招いているとも言えます。ショーという形式での展示は、イルカを芸をする道具として見せることになり、本来の生態や自然環境での暮らしについて理解を深める機会を損なっている可能性があります。
これからの水族館のあり方
娯楽から教育・保全へのシフト
水族館は長く娯楽施設として認識されてきましたが、今後は教育・保全・調査研究という役割がより重要になっていきます。日本動物園水族館協会は、①種の保存②調査・研究③レクリエーション④環境教育の4つの役割を位置付けています。
しかし現状では、水族館利用者の来館目的のうち「学習」や「自然体験」の占める割合は10%以下であり、「観光」や「いやし」が最も多くなっています。多くの人にとって水族館は「エンターテイメント施設」という認識であり、教育や保全の役割が社会に浸透していないことが課題となっています。
環境教育の拠点としての水族館
近年、海の環境問題に対する社会的関心が高まっており、水族館は環境教育の拠点としての役割を強化しています。名古屋港水族館では、日本の水族館では初となる常設の環境教育ルーム「エコ・アクアリウム~海の未来を考えよう!~」を開設し、海洋プラスチックごみと生物の関係について解説しています。
大阪の海遊館では、開館当初から「すべてのものはつながっている」というテーマを掲げ、火山や森、川の展示を通して、自然環境の相互関係を伝えてきました。2019年には「未来の環境のためにできること」というコーナーを新設し、環境保全への意識啓発を強化しています。
生態展示と環境エンリッチメント
動物園や水族館では、「環境エンリッチメント」という取り組みが広まっています。これは、種特有の行動の発現を促して健康や繁殖といった生物機能を向上することで、生活環境を改善させる試みです。動物園で行われている生態展示がその一例です。
従来の見世物的な展示から、動物本来の行動や生態を観察できる展示へと変化することで、来館者はより深い理解を得ることができます。イルカであれば、ショーという形式ではなく、自然な行動を観察できる環境を整えることが求められています。
デジタル技術の活用
デジタル技術の進歩により、水族館の外でも生き物とのふれあいが体験できる時代になりました。デジタル動物展示やロボットイルカなどの取り組みを通じて、娯楽・研究・保全・教育という伝統的な「水族館の機能」を果たすことができる可能性があります。
しかし、デジタル技術はあくまで補完的なものであり、水族館の本質的な価値は、自然や生き物とのつながりを感じられる機会をつくり、環境問題への関心を高めることにあります。技術を活用しながらも、生きた動物との出会いがもたらす感動や学びを大切にすることが重要です。
対話と体験を重視した教育プログラム
水族館の職員は、来館した子どもに対して自然環境と保全の問題について理解してほしいと考えていますが、時間が足りないためコミュニケーションが十分に取れていないという課題があります。
今後は、単なる展示を見るだけでなく、職員との対話や体験活動を通じて学ぶプログラムを充実させることが求められています。年に数回のイベントだけでなく、日常的に来館者と双方向のやりとりができる仕組みづくりが必要です。
保全活動のリーダーとしての役割
欧米の水族館先進国では、水族館が社会全体での野生生物・自然環境に対する保全活動の推進をリードするシステムが確立されています。水族館が保全活動のリーダーとしての役割を市民や様々なステークホルダーへ訴求することで、多様な協働相手からの協力と資源を動員し、社会全体で保全活動が推進される仕組みです。
日本においても、水族館が単なる娯楽施設ではなく、海洋環境保全のハブとして機能することが期待されています。具体的には、漂着ウミガメの調査や保護活動、海洋プラスチック問題の啓発、生物多様性の保全研究など、実践的な活動を展開することが求められています。
持続可能性への配慮
水族館がその存在意義を認められるためには、生物を展示することの負を上回る価値を生み出す必要があります。本来、水族館は人間が一方的に飼育する生物種を選定し、生物を本来の生育環境から切り離して人間の管理下に置く施設です。つまり、存在するだけで自然に対して代償を払っている施設なのです。
海外では「水族館で生き物を飼うべきではない」という議論がさかんに行われている地域も存在します。こうした批判に応えるためには、水族館が生物多様性の保全、絶滅危惧種の保護、環境教育の推進など、明確な社会的価値を創出し続ける必要があります。
日本の水族館に求められる変化
世界標準への適合
日本は世界動物保護協会(WAP)が50ヵ国を対象に行った調査(2020年)において、動物保護指数(API)で最低ランクのG評価となっています。これは、アニマルウェルフェアに関する法律や罰則がなく、指針に法的強制力がないことが大きな要因です。
今後、国際的な基準に適合するためには、単なる指針ではなく、実効性のある法規制を整備することが必要です。また、飼育環境の改善、追い込み漁に依存しない入手方法の確立、教育・保全活動の強化など、多面的な取り組みが求められています。
透明性の確保と説明責任
水族館は、イルカをどのように入手し、どのような環境で飼育しているのか、どのような教育・保全活動を行っているのかについて、透明性を持って説明する責任があります。
来館者に対して、単に楽しいショーを提供するだけでなく、イルカの生態、自然環境での暮らし、直面している脅威、保全の必要性などについて、正確な情報を提供することが重要です。そうすることで、娯楽と教育のバランスを取りながら、社会的価値を創出することができるでしょう。
財政的な課題への対応
しながわ水族館がイルカショーを廃止した理由の一つに、継続にかかる財政的な負担が大きいことが挙げられています。イルカの飼育には多額のコストがかかり、特に追い込み漁からの入手が禁止された現在、人工繁殖や海外からの導入にはさらに高いコストがかかります。
今後、水族館が持続可能な経営を行うためには、イルカショーに依存しない集客方法を模索する必要があります。環境教育プログラムの充実、地域との連携、デジタル技術の活用など、新しい価値を提供することで、財政的な安定性を確保することが求められます。
まとめ:共存への道を模索する
イルカショーの禁止や廃止は、単に一つの娯楽がなくなるという話ではありません。それは、私たち人間と動物との関係を根本的に見直す契機となっています。
動物福祉の考え方は、動物を単なる道具や見世物として扱うのではなく、感受性を持つ生き物として尊重しようとするものです。イルカのような高度な知能と社会性を持つ動物を、狭い水槽で飼育してショーをさせることが本当に正しいのか、私たちは改めて問い直す必要があります。
一方で、水族館には重要な役割があります。多くの人にとって、水族館は海の生き物と出会う貴重な機会です。適切に運営される水族館は、環境教育、種の保存、調査研究において重要な機能を果たすことができます。
重要なのは、娯楽性だけを追求するのではなく、動物福祉に配慮しながら、教育と保全という本来の役割を果たす水族館へと進化していくことです。イルカショーという形式にこだわるのではなく、イルカの自然な行動を観察できる展示や、海洋環境保全の重要性を学べるプログラムを充実させることが、これからの水族館に求められています。
世界的な潮流を見れば、イルカショーの廃止は避けられない流れかもしれません。しかし、それは決してイルカとの出会いがなくなることを意味しません。むしろ、より本質的で意義深い形でイルカと向き合い、海洋環境の大切さを学ぶ機会が生まれる可能性があります。
日本の水族館がこの転換期をどう乗り越えるか、そして新しい時代の水族館としてどのような価値を創出していくか。それは、私たち一人ひとりの意識と選択にもかかっています。水族館を訪れる際には、単に楽しむだけでなく、動物福祉や環境保全について考える機会としてみてはいかがでしょうか。
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