フォアグラ輸入禁止はいつまで?変わりゆく食の倫理と日本の未来
フォアグラ輸入が停止された背景
2023年10月1日、日本は突如としてフランス産フォアグラの輸入を停止しました。この措置は「いつまで続くのか」と多くの関係者が注目していますが、実はこの禁止措置の背景には、食の安全と動物福祉という二つの大きなテーマが絡み合っています。
輸入停止の直接的な理由は、フランスが高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)に対するワクチン接種を開始したことでした。フランス農業・食料主権省は、250羽以上のアヒルを飼育する農場について、肉用またはフォアグラ用アヒルへのHPAIワクチンの接種を義務化しました。これによりフランスは、EU諸国で初めて全国的にHPAIワクチンの接種を行った国となったのです。
しかし、日本の動物検疫所は「ワクチンを接種した家きんはHPAI感染の兆候を示さない可能性があり、ウイルスが存在するかどうかの判断が困難」として、フランス全土からの生きた家きんおよび家きん由来製品の輸入を停止する決断を下しました。この措置は、2023年9月30日までに輸出国政府機関から検査証明書の交付を受けたものを除き、同年10月1日以降に適用されています。
フランスが輸出をストップしたわけではない
誤解されがちですが、フランスが自らの意思で日本への輸出を停止したわけではありません。実際には、日本側が鳥インフルエンザのリスク管理の観点から輸入を禁止したのです。
フランスは世界最大のフォアグラ生産国であり、日本は長年にわたってフランス産フォアグラの最大の輸入国の一つでした。フランスにとって日本市場は非常に重要で、特にクリスマスシーズンなど季節限定で消費される欧米市場と異なり、日本では年中フォアグラが消費されるため、安定した輸出先として価値が高かったのです。
過去にも2015年12月以降、フランスで鳥インフルエンザが発生し、日本への輸入が長期間停止された経緯があります。当時は本来90日後には解禁される予定でしたが、実際には2017年10月まで輸入停止が続きました。その間、日本の業者はハンガリー、スペイン、カナダ、アメリカなど他国からフォアグラを買い漁る状況となりました。
しかし興味深いことに、フランス産フォアグラが日本市場から消えても、日本国内で大きな問題や苦情は報道されませんでした。これは、フォアグラという食材が日本の食文化において本質的に必要不可欠なものではないことを示唆しています。
日本がフォアグラを輸入している量の推移
日本のフォアグラ輸入量は、長期的に見ると劇的な減少傾向にあります。この変化は、単なる一時的な現象ではなく、消費者の意識変革を反映した構造的な変化といえるでしょう。
2008年、動物権利団体がフォアグラの生産実態を知らせるチラシ配布を開始した年の輸入量は約262,500キログラムでした。それから16年後の2024年、日本のフォアグラ輸入量はわずか9,831キログラムにまで減少しています。これは2008年の約3.74%という驚異的な減少率です。羽数に換算すると、2024年には約16,385羽分のフォアグラが輸入された計算になりますが、2008年と比較すると40万羽以上の動物の苦痛を減らすことができたことになります。
具体的な推移を見てみましょう。2005年には約758トン(主にフランス産377トン、ハンガリー産331トン、イスラエル産47トン)が輸入されていました。2015年には140,706キログラム(約234,510羽分)でしたが、2016年にフランスで鳥インフルエンザが発生し、輸入量は83,707キログラム(約139,512羽分)まで急減しました。
2017年は他国からの輸入により135,194キログラムまで回復しましたが、2018年には105,905キログラム(約176,508羽分)、2019年には71,744キログラム(約119,573羽分)と減少が続きました。2019年から2024年までの間にも継続的な減少が見られ、ついに1万キログラムを下回る水準にまで落ち込んだのです。
この約10年間で94%以上の減少という数字は、日本の消費者の選択が確実に変化していることを示しています。2016年の鳥インフルエンザによる輸入規制期間中、日本市場でフォアグラが不足しても特に問題は起きませんでした。価格も下落傾向にあり、1キログラムあたり1,000円以上の価値低下が見られました。これは需要の減少を明確に示すものです。
多くの人がフォアグラ生産の真実を知り、時代はフォアグラを求めていない
フォアグラ輸入量の劇的な減少の背景には、生産方法に対する認識の広がりがあります。フォアグラは、アヒルやガチョウに大量の餌を強制的に食べさせる「強制給餌(ガヴァージュ)」という方法で作られます。
具体的には、金属製のパイプを鳥の喉に挿入し、通常の10倍から20倍もの量のトウモロコシなどを1日2〜3回、約2〜4週間にわたって強制的に食べさせます。この過程で鳥の肝臓は通常の6〜10倍の大きさに肥大化し、脂肪肝状態になります。これがフォアグラの正体です。
調査によると、フォアグラの生産方法を知った人の約7割がフォアグラを拒否する選択をしています。しかし、2019年時点で日本人の57%はフォアグラが強制給餌という方法で作られていることを知らず、さらに15.3%の人は聞いたことはあるが詳細は知らないと回答していました。つまり、7割以上の日本人が生産実態を正確に把握していなかったのです。
フォアグラ生産の実態には、さらに知られていない側面があります。フォアグラに使われるのはオスのアヒルやガチョウだけで、メスの雛は生まれた直後に処分されます。つまり、フォアグラ1羽分を生産するために、2羽の命が犠牲になっているのです。オスは約2〜4週間の強制給餌の苦しみを味わい、メスは生まれた瞬間に命を奪われる。これがフォアグラ生産の全体像です。
生産現場では、強制給餌により鳥たちは消化不良、呼吸困難、肝臓の損傷などの健康問題に苦しみます。フランスで金賞を受賞したフォアグラ農場でさえ、動物福祉団体の調査により、劣悪な飼育環境や動物の苦痛が明らかになっています。「人道的に作られるフォアグラはない」というのが専門家の一致した見解です。
世界的に見ても、フォアグラに対する批判は強まっています。アルゼンチンでは法律で「残酷であるから生産禁止」と明記されています。欧米の報道では、フォアグラについて言及する際、「動物虐待であるとして批判を浴びている食材」という説明が添えられることが一般的です。
多くの航空会社がすでにフォアグラの機内食での提供を中止しています。スカンジナビア航空、KLMオランダ航空、エア・カナダ、デルタ航空、ユナイテッド航空、アメリカン航空、ニュージーランド航空などが名を連ねています。2023年にはオランダ王室がフォアグラの提供を禁止し、日本でも大手セレモニー企業が28施設の結婚式場で植物性フォアグラを導入するなど、変化の波は広がっています。
世界で広がるフォアグラ規制
フォアグラの強制給餌は、既に多くの国や地域で禁止されています。動物を粗悪な管理から守る法律があれば、強制給餌は明らかに違法行為とされるため、多くの国では改めて禁止する法整備の必要性を感じていないほどです。
カリフォルニア州では2004年に強制給餌を禁止する法律が可決され、2012年から施行されています。業界側は違憲訴訟を起こしましたが、2020年に最高裁で退けられ、現在もカリフォルニア州でのフォアグラ販売は禁止されています。ニューヨーク市では2019年にレストラン等でのフォアグラ販売を禁止する条例が可決されました。ピッツバーグ市でも2023年12月、強制給餌された動物の製品の販売・生産を禁止する議案が賛成7、反対2で可決されています。
欧州でも動きは活発です。EU指令98/58/ECでは、「福祉と強制給餌の代替法に関する新しい科学的証拠が入手できるまでは、フォアグラの生産は慣習として行われている場合のみ実施されるものとする」と定められています。基本的に強制給餌は許されないものとされていますが、ベルギー、ルーマニア、スペイン、フランス、ハンガリーでは「慣習」であるため継続が認められている状況です。
イギリスでは2019年、労働党が公約の一つにフォアグラの輸入禁止を掲げ、現在も法案の検討が進んでいます。インドやサンパウロでもフォアグラの販売が禁止されており、世界的な規制の流れは止まる気配がありません。
強制給餌を行わない「人道的なフォアグラ」の可能性も検討されてきました。鳥の渡りの時期に自然に蓄えられた脂肪が多い肝臓を利用する方法などが試されましたが、これはフォアグラの品評会で拒否された経緯があります。つまり、強制給餌なしでは、業界が求める「フォアグラ」の品質基準を満たすことができないのです。
日本の現状と今後の展望
日本の法制度は保守的であり、フォアグラの輸入を法的に禁止することは現時点では難しい状況です。しかし、消費者の力は確実に変化をもたらしています。
現在の輸入停止措置は、あくまで鳥インフルエンザのワクチン接種に伴う検疫上の措置です。「いつまで」続くかという問いに対しては、明確な期限は設定されていません。2025年1月、米国とカナダはフランスのHPAIワクチン接種プログラムのリスク評価を行い、ワクチン未接種の家きんに限定して輸入を再開すると発表しました。日本も同様の評価を行う可能性はありますが、現時点では再開の具体的な見通しは示されていません。
しかし重要なのは、法的な禁止措置があるかどうかではなく、消費者と事業者の選択が市場を変えているという事実です。2008年から2024年にかけて96%以上減少したという数字は、規制によるものではなく、主に消費者の意識変化によるものです。
日本でも、真実を知った人々がフォアグラを拒否する動きは着実に広がっています。2014年、ファミリーマートがフォアグラを使用した弁当の発売を計画しましたが、22通の抗議意見を受けて発売を見合わせました(事実上の発売中止)。小泉進次郎環境大臣(当時)も「フォアグラを食べないようにしている」とエシカルな食生活について発言し、話題となりました。
代替品の開発も進んでいます。海外ではキノコ類を使った植物性フォアグラが販売されており、日本では培養フォアグラの研究も行われています。完全に動物性を使わない代替品から、豆腐に他の動物性食材を混ぜたものまで、様々な選択肢が登場しています。
私たち一人ひとりの行動が世の中を変える
フォアグラの輸入量が劇的に減少した事実は、一人ひとりの消費行動が積み重なることで、大きな変化を生み出せることを証明しています。
政府や企業の決定を待つのではなく、消費者として「買わない」という選択をすることで、市場は確実に変化します。レストランのシェフ、小売店のバイヤー、ホテルの仕入れ担当者など、業界の中にいる良心的な人々が「取り扱わない」という決断をすることも、同様に大きな影響力を持ちます。
欧米の倫理観に日本が遅れているという見方もありますが、実態は異なります。日本はフォアグラを生産していません。そして消費は着実に減少しています。真実を知った多くの日本人が、フォアグラを拒否する選択をしているのです。
情報を共有することも重要です。友人や家族にフォアグラの生産実態を伝えることで、一人また一人と意識が変わっていきます。SNSでの情報発信、レストランでの質問、企業への意見表明など、さまざまな形で声を上げることができます。
動物福祉法の整備を求めて
ここで強調したいのは、動物を食べる食べないという選択は、個人の価値観であり、尊重されるべきだということです。食文化は多様であり、肉食を選択する人々を一方的に批判することは建設的ではありません。
しかし、動物を食用とする場合でも、その動物が生きている間に不必要な苦痛を味わうことがないよう配慮することは、人間社会の倫理的責任ではないでしょうか。これは「アニマルウェルフェア(動物福祉)」と呼ばれる考え方です。
日本には動物愛護管理法がありますが、畜産動物に対する具体的な飼育基準は十分に整備されていません。例えば、採卵鶏の大半はバタリーケージと呼ばれる狭いケージに閉じ込められて飼育されています。豚の多くは妊娠ストールという身動きできないスペースに入れられます。これらは多くの先進国では既に禁止されている飼育方法です。
スイス、スウェーデン、フィンランド、ドイツなどでは、ケージ型の飼育方法を禁じる法律が制定されています。EU全体でも、アニマルウェルフェアに配慮した飼育基準が法制化されつつあります。日本でも、内閣府の食堂で使用する卵が100%ケージフリーになるなど、わずかずつですが変化は始まっています。
私たちが求めるのは、日本でも畜産動物が苦痛を味わわない飼育方法を法律として確立することです。動物を食べる選択をする人々に対しても、その動物が生きている間、できる限りストレスや苦痛の少ない環境で飼育されることを保証する仕組みが必要です。
これは単なる動物愛護の問題ではありません。動物福祉に配慮した飼育は、食品の安全性向上にもつながります。ストレスの少ない環境で育てられた動物は健康であり、結果として抗生物質の使用も減らせます。また、倫理的に生産された食品を選ぶことは、生産者の労働環境改善や環境保護にも貢献します。
おわりに:変化はもう始まっている
フォアグラの輸入禁止措置が「いつまで」続くかという問いに、明確な答えはありません。しかし、より本質的な変化は既に起きています。それは、消費者の意識変革です。
2008年から2024年にかけて、日本のフォアグラ輸入量は96%以上減少しました。これは法的規制によるものではなく、私たち一人ひとりの選択の積み重ねがもたらした変化です。真実を知り、考え、行動する人々が増えることで、市場は確実に変わっていきます。
フォアグラという一つの食材をめぐる議論は、より大きな問いを私たちに投げかけています。私たちは何を食べるのか、そしてその食べ物がどのように生産されているのか。これらの問いに向き合うことは、持続可能な社会を作るために不可欠です。
動物を食べる食べないという選択は個人の自由です。しかし、もし動物を食べる選択をするのであれば、その動物が不必要な苦痛を味わうことなく飼育される社会を目指すべきではないでしょうか。日本でも、畜産動物の福祉を保護する法律の整備が進むことを願ってやみません。
フォアグラの問題は終わりではなく、始まりです。私たち一人ひとりが情報を得て、考え、行動することで、より倫理的で持続可能な食のシステムを作っていくことができます。変化は既に始まっています。そして、その変化の主役は、私たち自身なのです。
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