ニューヨーク市「観光馬車禁止」が加速|動物福祉の世界的潮流と私たちにできること

この記事でわかること
- ニューヨーク市の馬車禁止(Ryder’s Law)をめぐる最新動向
- 動物福祉の世界的な変化と日本への影響
- 「不必要な動物搾取」をなくすために個人ができる具体的な行動
はじめに:「ニューヨークの名物」が、問い直されている
セントラルパークを馬車でゆっくり走る——。 映画やドラマで何度も描かれてきた、あのロマンティックな光景が、今、大きな岐路に立たされています。
2025年9月、ニューヨーク市のエリック・アダムズ市長は、観光用馬車を全面禁止する法案「Ryder’s Law(ライダーズ・ロー)」への賛成を表明し、市議会に可決を求めました。 同時に大統領令第56号(Executive Order 56)に署名し、業界への監視強化と、御者が自主的に免許を返上できる仕組みの整備も指示しました。
しかし2025年11月14日、ニューヨーク市議会の保健委員会は4対多数でこの法案を否決。
——この結果だけを見れば、「また先延ばしか」と感じるかもしれません。
でも、重要なのはその「流れ」です。
市長が賛成を表明したこと。 市民の80%以上が禁止を支持していること(World Animal News, 2025)。 そして、世界中の都市がすでに馬車を廃止してきたこと。
この記事では、ニューヨークの馬車禁止問題を入口に、動物福祉の世界的な潮流と、私たちひとりひとりが今すぐできることをわかりやすく、そして誠実に伝えていきます。
Ryder’s Law(ライダーズ・ロー)とは何か?背景と現状
「ライダー」の悲劇から生まれた法律
法案の名前「Ryder’s Law」は、一頭の馬の名前に由来します。
2022年8月10日、ニューヨーク・マンハッタンの9番街。 炎天下の猛暑の中、「ライダー(Ryder)」という名の馬車馬が路上に倒れ込みました。
栄養不足と衰弱が疑われる状態にもかかわらず、御者のイアン・マッキーヴァー氏はライダーに重い馬車を引かせ続けていたとされています。 倒れたライダーに水をかける警察官の姿、路上に横たわる馬の映像はSNSで拡散し、世界中から批判の声が集まりました。
ライダーはその年の10月17日に死亡しました。
この悲劇を受け、ニューヨーク市議会議員ロバート・ホールデン氏が提出したのが「Ryder’s Law(Intro 0967)」です。 内容は以下の通りです。
- 馬車用の新規免許発行を停止
- 電動馬車型乗り物への段階的な置き換え
- 馬の処分・譲渡に関する人道的基準の明確化
- 御者への再就職支援プログラムの設置
ライダーだけではなかった——繰り返された悲劇
ライダーの死後も、ニューヨークの馬車馬をめぐる事故は続きました。
- 2023年:「レディ(Lady)」という15歳の馬が、勤務中のマンハッタンで倒れて死亡
- 複数の「暴走馬」事件が市内で発生し、人への危険も指摘される
- 炎天下での労働が繰り返し問題視される
セントラルパーク保全協会(Central Park Conservancy)の代表ベッツィ・スミス氏は2025年8月12日の声明でこう語っています。
「現代の公園の実情にはもはやそぐわず、時代遅れとなっています。廃止している多くの都市に倣い、ニューヨークも次の段階へ進むときです」
現在の馬車業界の規模
Ryder’s Lawが否決されたとはいえ、問題は依然として続いています。 現在のニューヨーク市馬車業界の概要は以下のとおりです(DAILYSUN NEW YORK, 2025年9月より)。
- 登録済みの馬車馬:183頭
- 免許を持つ御者:231人
- 料金:20分の初乗り72.22ドル(約1万1千円)、10分ごとに28.89ドル加算
動物福祉の世界的な変化——なぜ今、馬車が問題なのか
「5つの自由」から「5つの領域」へ
動物福祉の世界では、考え方が大きく進化しています。
かつての国際的な基準は「5つの自由(Five Freedoms)」でした。
- 飢えと渇きからの自由
- 不快からの自由
- 痛み・傷害・疾病からの自由
- 正常な行動を表現する自由
- 恐怖と苦悩からの自由
しかし近年、さらに一歩踏み込んだ「5つの領域(Five Domains)」モデルが主流になりつつあります。 これは単に苦痛を取り除くだけでなく、動物がポジティブな感情体験を持てる状態を目指すものです。
繁華街のアスファルトの上を、車の騒音とクラクションに囲まれながら重い馬車を引く——。 この環境が、馬の「ポジティブな感情体験」と相容れないことは、誰の目にも明らかでしょう。
世界の都市はすでに動いている
ニューヨークより先に、すでに馬車を廃止した都市は数多くあります。
- シカゴ(アメリカ):観光馬車を廃止済み
- キーウェスト(アメリカ):廃止済み
- ビロクシ(アメリカ):廃止済み
- パリ(フランス):観光馬車は長年縮小傾向
- スリランカ:象を使った観光サービスへの規制強化
動物を「観光資源」として使うことへの疑問は、世界的に共有されはじめています。
日本ではどうか?動物福祉と観光の現状
日本でも、動物福祉への意識は着実に高まっています。
環境省は2022年に「動物の愛護及び管理に関する法律(動愛法)」を改正し、ペット販売業者への規制強化や虐待への罰則を強化しました。
また、農林水産省が策定した「アニマルウェルフェアの考え方に対応した畜産物の生産について」という指針では、産業動物についても行動の自由や環境エンリッチメントの重要性が明記されています。
馬車に限らず、象に乗る観光、動物ショー、狭いケージでの展示——こうした動物の「使役」「消費」のあり方が、国際的な旅行者の目線からも見直されています。
よくある疑問に答えます(Q&A)
Q1. 馬はもともと働く動物では?虐待と呼ぶのは行きすぎでは?
A. 馬が人間と共に農耕・輸送をしてきた歴史は確かにあります。
しかし重要なのは「文脈」です。
馬が主要な輸送手段だった時代と、東京やニューヨークのような現代の大都市とでは、環境がまったく異なります。 アスファルトは蹄に大きな負担をかけます。排気ガスと喧騒のなかで長時間立ち続け、重い荷を引くことは、馬の身体・精神両面に深刻なダメージを与えます。
また、「働くこと」と「必要以上の苦痛を与えること」は別の話です。 現代の動物福祉の考え方では、「その動物に苦痛を強いることが本当に必要か」を問うことが出発点になっています。
Q2. 禁止したら御者たちの仕事はどうなる?
A. これは非常に重要な視点です。
Ryder’s Lawはこの点をきちんと考慮しており、御者への再就職支援プログラムの設置を法案に盛り込んでいました。 電動馬車への移行を段階的に行うことで、急激な職の喪失を避ける設計になっています。
動物福祉と人の生活は対立するものではありません。移行期間の支援と代替手段の整備が、変化を「共に前に進む」ものにします。
Q3. ニューヨーカーは本当に廃止を望んでいる?
A. 複数の調査がそれを示しています。
- 2022年のAnimal Legal Defense Fundの世論調査:ニューヨーク市有権者の**71%**が禁止を支持
- 2025年の調査(World Animal News):80%以上が禁止を支持
法案が否決された背景には、業界団体の政治的な働きかけがあったとされており、ロバート・ホールデン市議会議員は「市議会はニューヨーカーの声より特殊利益団体の声を聞いた」と強く批判しています。
Q4. 電動馬車への置き換えで問題は解決する?
A. 動物への直接的な負荷という点では、大きな前進です。
現在、Ryder’s Lawは「本物の馬を使わない、電動の馬車型乗り物」への置き換えを提案しています。 これにより観光体験を維持しながら、馬を過酷な環境から解放できます。 すでにいくつかのメーカーが「馬なし馬車」の電動モデルを開発しており、実用的な代替案として注目されています。
不必要な動物搾取をなくすために——今すぐできる具体的な行動
「でも私には何もできない」と思っていませんか?
実は、私たちひとりひとりの選択の積み重ねが、社会の変化を作っています。 以下に、誰でも取り組める具体的な行動を段階別にまとめました。
Step 1:まず「知る」——情報を正しくアップデートする
- SNSでシェア:ニューヨークの馬車問題など、動物福祉に関するニュースを拡散する
- 信頼できる情報源をフォロー:日本動物愛護協会、環境省の動物愛護ページ、世界動物保護協会(WAP)など
- ドキュメンタリーを観る:「BLINDERS: The Truth Behind the Tradition」(Donny Moss監督)など
Step 2:「消費」を選ぶ——旅行・観光での選択
旅行先で動物を使った観光サービスを利用する際、以下を意識してみましょう。
- 象乗り・馬車・動物ショーなど「動物を働かせる」体験を避ける
- 野生動物のサンクチュアリ(保護施設)や倫理的な動物園を選ぶ
- 旅行会社に「アニマルウェルフェアに配慮した商品を増やしてほしい」と伝える
旅行大手のワールド・アニマル・プロテクション(WAP)の調査によると、旅行者の64%が「動物福祉に配慮した観光体験を好む」と回答しています。 消費者の声は、確実に業界を動かします。
Step 3:「声を上げる」——社会的な行動
- 署名活動への参加:Change.orgやCare2などのプラットフォームで動物福祉関連の署名に参加する
- 地元の議員に意見を届ける:動物愛護法の強化を求める意見を、地方・国政の議員に送る
- 動物福祉団体を支援する:日本動物福祉協会、アニマル・ライツ・センターなどへの寄付・ボランティア
Step 4:「日常」を変える——身近なところから
- ペットを迎える際は里親・譲渡を優先する(※関連記事:「保護犬・保護猫の迎え方ガイド」)
- 動物由来製品(毛皮・羽毛など)の選択を見直す
- 地産地消・アニマルウェルフェア認証食品を選ぶ
ひとつひとつは小さな行動でも、それが重なることで「動物を搾取しない社会」の地盤ができていきます。
メリットとデメリット——馬車禁止を多角的に考える
感情論だけで語らず、禁止と存続それぞれの側面を整理します。
馬車禁止のメリット
- 馬の福祉向上:過酷な環境から183頭の馬を解放できる
- 公共安全の向上:暴走事故や衝突リスクを排除できる
- 環境への好影響:排泄物による道路汚染・修繕コストの削減(セントラルパーク保全協会は「数百万ドル」を指摘)
- 観光の近代化:電動馬車でも観光体験は維持可能
- 国際的なブランドイメージ向上:動物福祉先進都市としての評価
馬車禁止のデメリット・課題
- 御者の職の喪失(231人):移行期の雇用支援が不可欠
- 文化・伝統の喪失感:160年以上の歴史を持つ観光文化
- 馬の引退後の行方:適切な引き取り・保護施設の確保が必要
- 移行コストの問題:電動馬車の導入・インフラ整備に費用がかかる
これらの課題は「禁止しない理由」ではなく、「禁止する際に解決すべき問題」として捉えることが重要です。
ある観光客の小さな気づき——実体験エピソード
数年前、初めてニューヨークを訪れた際、セントラルパーク近くで馬車を見かけました。
「乗ってみたい」と思いながら近づいたとき、馬の目が目に入りました。 アスファルトの照り返し、絶え間ない車のクラクション、重そうな馬車。 その目には、輝きより疲れが見えるような気がして、気づいたら乗るのをやめていました。
その後、帰国してからRyder’s Lawの存在を知りました。
「あのとき乗らなくてよかった」という気持ちと、「もっと早くこのことを知りたかった」という気持ちが、同時に湧いてきました。
観光の「体験」は、誰かの犠牲の上に成り立っていることがある。 そのことを知った上で選べる消費者でいたいと、強く思うようになりました。
注意点——動物福祉の議論で気をつけたいこと
動物福祉の問題を議論する際、以下の点には注意が必要です。
1. 感情論と事実を区別する 「かわいそう」という感情は大切ですが、政策や行動の根拠はデータと事実に基づく必要があります。
2. 業界従事者を一方的に「悪者」にしない 馬車産業に関わる御者たちは、生活をかけて働いてきた人たちです。 非難より、移行を支援する視点が建設的です。
3. 「全か無か」の思考に陥らない 「動物を使う観光がすべて悪」ではなく、「不必要な苦痛を伴うものを見直す」という段階的なアプローチが現実的です。
4. 「自分の行動は無意味」と諦めない 市民の80%の支持が集まっても法案が否決されることはあります。 しかし、その圧力が次の改正、次の選挙を動かします。
動物福祉の未来——世界と日本の社会的潮流
EU・国際機関の動向
2023年、欧州議会は「動物福祉規則の包括的見直し」を採択し、農場動物・コンパニオンアニマル・展示動物すべてを対象とした基準強化を進めています。
また、OIE(世界動物保健機関)は動物福祉を国際標準のひとつとして掲げており、「動物が感情を持つ存在である」という認識が法的・科学的に確立されつつあります。
日本での変化の芽
日本でも、変化の兆しは出ています。
- 動物愛護法の改正(2019年・2022年):虐待への厳罰化、ブリーダー規制の強化
- アニマルウェルフェア型畜産への移行:農林水産省のガイドライン策定
- 自治体の条例強化:東京都・神奈川県などで動物の飼養環境に関する条例が強化される傾向
しかし日本は国際的な動物福祉指数(Animal Protection Index)では、改善の余地が大きいとされています。 ニューヨークの議論は、日本社会にとっても他人事ではありません。
「動物を消費しない」価値観の広がり
ヴィーガン・プラントベース食の世界市場規模は2023年に約220億ドルを超え、毎年成長しています(Grand View Research)。 「必要のない動物搾取をやめる」という価値観は、食・ファッション・観光・エンターテイメントのすべての分野で広がっています。
これはトレンドではなく、社会の価値観の根本的なシフトです。
まとめ:ニューヨークの馬車が、私たちに教えてくれること
Ryder’s Lawは2025年11月に否決されました。
でも、この問題は終わっていません。
ニューヨーカーの80%以上が馬車禁止を望み、市長が法案に賛成し、公園管理団体が廃止を求めた——これだけの声が上がったという事実は、消えません。
動物福祉の歴史を振り返ると、変化は「ある日突然」ではなく、「積み重ねの結果」として起きています。
熊の胆汁採取が廃止された国々。 サーカスでの野生動物使用を禁止した欧州各国。 毛皮販売を禁止したロサンゼルスやロンドン。
すべて、小さな声が集まって変わりました。
私たちひとりひとりの「知る」「選ぶ」「声を上げる」という行動が、世界の動物福祉の地図を塗り変えていきます。
今日からできる第一歩として、ニューヨーク馬車問題に関する署名や支持表明を一度検索してみてください。 あなたの関心が、世界のどこかの動物の未来につながっています。
参考資料・情報源
- DAILYSUN NEW YORK「セントラルパークの名物『観光馬車』がついに廃止か?」(2025年9月19日)
- Vegan FTA「セントラルパーク保全協会、観光用馬車の廃止を要請」(2025年8月31日)
- CBS New York「Ryder’s Law fails in City Council committee hearing」(2025年11月14日)
- World Animal News「NYC Council Rejects Ryder’s Law Despite 80% Of New Yorkers In Support」(2025年11月)
- Animal Legal Defense Fund「Ryder’s Law」(aldf.org)
- 東京新聞「炎天下での重労働に馬も倒れた…観光客向け馬車は動物虐待?」(2022年)
- 環境省「動物の愛護及び管理に関する法律」
- 農林水産省「アニマルウェルフェアの考え方に対応した畜産物の生産について」
この記事は動物福祉専門のWebライターが、信頼性の高い情報をもとに作成しています。 最終更新:2026年2月
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