【獣医師・専門家も注目】動物福祉の5つの領域(Five Domains)とは? 5つの自由との違い・世界と日本の現状を猫の視点で徹底解説

はじめに:あなたの猫の「幸せ」とは?
「うちの猫、ご飯もちゃんと食べるし、病気もしていない。幸せなはずだ」
そう思っている飼い主さんは多いと思います。でも、動物福祉の最新の考え方から見ると、それだけでは「幸せ」とは言い切れない時代になっています。
2020年代に入り、世界の動物福祉の分野で急速に広まっている概念があります。それが「動物福祉の5つの領域(Five Domains)」です。
これはかつて主流だった「5つの自由(Five Freedoms)」を進化させた、より積極的・包括的な動物福祉の評価モデルです。獣医師、動物行動学者、シェルターのスタッフ、そして先進的なペット飼い主たちの間で、いま急速に注目を集めています。
この記事では、「動物福祉の5つの領域とは何か」「5つの自由とどう違うのか」「世界と日本でどれくらい浸透しているのか」を、猫を中心とした具体例・データ・実践方法と合わせて、わかりやすく解説します。
猫を愛するすべての方に、ぜひ最後まで読んでいただきたい内容です。
現状の問題:「元気そう」では足りない時代
日本の猫を取り巻く現状:データで見る課題
まず、日本における猫の飼育状況を客観的なデータで確認しましょう。
- 一般社団法人ペットフード協会の「令和5年(2023年)全国犬猫飼育実態調査」によると、日本の飼い猫の推計総数は約900万頭。
- 環境省の「令和4年度 動物愛護管理行政事務提要」では、猫の引き取り数は全国で約5万頭(令和4年度)。
- 殺処分数はピーク時(平成13年度:約30万頭)から大幅に減少したものの、令和4年度時点でも約5万頭が殺処分されています。
- 環境省の推進する「地域猫活動」は全国的に広がっているものの、その質や動物福祉レベルには大きなばらつきがあります。
数字の上では改善が見られますが、「殺処分をゼロにする」だけが動物福祉ではありません。生きている猫たちが「どれだけ質の高い生活を送れているか」こそが、動物福祉の本質であり、Five Domainsが問いかけるテーマです。
「5つの自由」だけでは不十分な理由
「5つの自由(Five Freedoms)」は1979年にイギリスのファームアニマル福祉委員会(FAWC)が提唱した動物福祉の国際的基準です。具体的には以下の5つです。
- 飢えと渇きからの自由
- 不快からの自由
- 痛み・傷・病気からの自由
- 恐怖や苦悩からの自由
- 正常な行動を表現する自由
これらは「ネガティブな状態を排除すること」に焦点を当てた考え方です。つまり、「苦しませない」「不快にしない」という最低ラインの保証です。
しかし現代の動物科学は、福祉をより積極的に捉えることを求めています。「苦しんでいない」ことと「幸せである」ことは、まったく別物なのです。
この限界を乗り越えるために生まれたのが、「動物福祉の5つの領域(Five Domains)」です。
動物福祉の5つの領域(Five Domains)とは?
Five Domainsの誕生と背景
Five Domainsは、ニュージーランドの動物行動学者David Mellor博士らによって1994年に提唱され、その後2020年に大きくアップデートされました。
世界動物保健機関(OIE/WOAH)や世界獣医師会(WVA)など国際機関もこのフレームワークを支持しており、獣医学教育や動物シェルターの評価基準としてグローバルに採用が進んでいます。
5つの領域(ドメイン)の詳細と猫への応用
Five Domainsは身体的な4つの領域と、精神的な1つの領域(メンタルステート)で構成されます。
① 栄養(Nutrition)
単に「おなかを満たす」だけでなく、猫の種として適切な栄養バランス・給餌方法を提供することが求められます。
【猫への具体例】
- 猫は本来少量多頻度で食べる動物。1日1〜2回まとめて与えるのではなく、複数回に分けるか自動給餌器を活用する
- 肉食動物である猫に必要なタウリン・アラキドン酸を含む動物性タンパク質を適切に摂取させる
- フードパズル(ノーズワーク)を活用し、採食行動そのものを楽しめる環境を作る
② 環境(Environment)
快適な温度・湿度・休息場所・清潔さを確保し、猫が自分のペースで環境を選択・コントロールできることが重要です。
【猫への具体例】
- 高い場所(キャットタワー)と低い隠れ場所を両方用意し、猫が状況に応じて選べるようにする
- トイレの数は「頭数+1個」が基本。清潔を保ち、猫が安心して使えるよう配置する
- 窓辺に日向ぼっこできるスペースを確保し、外の景色・匂い・音といった感覚的刺激を提供する
③ 健康(Health)
病気・ケガからの保護だけでなく、疼痛管理や適切な繁殖コントロール(不妊・去勢手術)、予防医療の徹底を含みます。
【猫への具体例】
- 年1回の定期健康診断と、シニア猫(7歳以上)は半年に1回の受診を推奨
- ワクチン・ノミ・ダニ・フィラリア予防を適切に行う
- 慢性疼痛(変形性関節症など)は猫は隠しがちなため、行動変化にも注意を払う
④ 行動(Behaviour)
猫が種として本来持つ行動(ハンティング・マーキング・爪とぎ・社会的行動など)を安全に発揮できる機会を保証します。
【猫への具体例】
- 1日15〜20分のインタラクティブな遊びで狩猟本能を刺激する(じゃらし棒・ねずみのおもちゃなど)
- 爪とぎポストを複数・複数素材(麻・段ボール・カーペット)で提供する
- 多頭飼いの場合は、各猫が一人になれる「ひとりの空間」を必ず確保する
⑤ メンタルステート(Mental State)—最重要の革新点—
これがFive DomainsがFive Freedomsを決定的に超えた点です。単に「悪い感情がないこと」ではなく、「ポジティブな感情(喜び・好奇心・安心・達成感)があること」を目指します。
動物も喜び・楽しさ・期待感・愛着といったポジティブな感情状態を持つことが、神経科学・動物行動学の研究で明らかになっています。この「ポジティブウェルフェア(Positive Welfare)」の実現こそが、Five Domainsの核心です。
【猫への具体例】
- 猫が自分で飼い主の近くに来たとき「だけ」スキンシップをとり、猫主導の関係を築く
- おもちゃや環境エンリッチメントを定期的に変え、「新しい発見」という好奇心を刺激する
- 動物病院での処置前後に安心できる毛布や使い慣れたタオルを使い、ストレスを最小化する
よくある疑問Q&A:Five DomainsとFive Freedomsの違いを徹底整理
Q1:5つの自由(Five Freedoms)と5つの領域(Five Domains)は何が違うの?
A:最大の違いは「目指す方向性」です。
Five Freedomsは「ネガティブな状態をなくす(苦しませない)」ことを目標にします。一方、Five Domainsは「ネガティブをなくす+ポジティブな状態を積極的に増やす(幸せにする)」ことを目指します。たとえるなら、Five Freedomsは「最低限の人権保障」、Five Domainsは「より豊かな生活の実現」に相当します。
Q2:普通の家庭でもFive Domainsは意識できる?
A:はい、できます。難しい知識や高価なグッズは必要ありません。「猫が今どんな感情状態にあるか」を意識しながら日々のケアを見直すことが出発点です。たとえば、猫がご飯を食べた後にそのまま寝ているだけで1日を過ごしていないか、遊びの機会や環境の刺激が十分か、などを振り返るだけでも違いが生まれます。
Q3:Five Domainsは猫にとって何が一番重要?
A:猫の種としての特性を考えると、「⑤メンタルステート(精神状態)」と「④行動(Behaviour)」が特に重要です。猫は犬と違い単独生活者であり、自律性・コントロール感を非常に重視します。自分で行動を選択できない環境(ケージ閉じ込め・強制的なスキンシップ等)は、猫にとって深刻なストレス源になります。
Q4:Five Domainsと日本の「動物愛護管理法」の関係は?
A:日本の動物愛護管理法(動愛法)は2019年に改正され、虐待の禁止・適切な飼育義務などが強化されました。ただし現行法はまだFive Freedomsの水準に近く、Five DomainsのようなPositive Welfareの概念は法令には明示されていません。将来的には法改正や行政指導の中にFive Domainsの要素が組み込まれる可能性があります。
実践パート:猫のFive Domainsを今日から始める7つのステップ
動物福祉の5つの領域を家庭の猫に取り入れるための、実践的な7ステップを紹介します。
STEP1:現状チェックリストで自己評価する
5つの領域それぞれについて「できていること・できていないこと」を書き出します。たとえば「栄養:1日2回のドライフード→OK / 水の場所は1か所→要改善」のように具体化することで、優先すべき改善点が見えてきます。
STEP2:環境エンリッチメントを段階的に追加する
一度にすべてを変える必要はありません。まず「高い場所」と「隠れ場所」の両方を用意することから始めましょう。段ボール箱一つでも、猫にとって大切な「自分の空間」になります。次に窓辺のスペース確保、フードパズルの導入と段階的に進めます。
STEP3:インタラクティブな遊びを毎日15分実施する
じゃらし棒を使った「狩り→捕まえる→噛む」の一連の流れを毎日実施します。重要なのは「猫が実際に捕まえることができる」成功体験を作ること。常に逃げ続けるおもちゃではなく、時々「獲物を捕らえた」達成感を与えることでポジティブな感情状態を高めます。
STEP4:猫の感情サインを読み取る練習をする
動物福祉の5つの領域の評価には「猫の感情状態の観察」が不可欠です。尾を立てて近づいてくる、目を細める(スローブリンク)=ポジティブ。尾を低く保つ、ひげを後ろに引く、体を小さくする=ネガティブ。毎日数分、猫の体全体の様子を観察する習慣をつけましょう。
STEP5:動物病院との関係を「怖い場所」から「安心できる場所」に変える
猫にとって動物病院は最大のストレス源の一つです。キャリーバッグを普段から出しておき、自発的に入れるようにトレーニングすることが推奨されます。また、「フェリウェイ(猫の顔面フェロモン製品)」をキャリーに噴霧しておくことで、移動中の不安を軽減できます。
STEP6:多頭飼いの場合は「資源の分散」を徹底する
食事場所・水場・トイレ・休憩場所をそれぞれ頭数以上用意し、特定の個体が独占できないよう複数の部屋・高さに分散させます。多頭飼いにおける競争・緊張は、猫の慢性ストレスの最大原因の一つです。
STEP7:定期的な振り返りと専門家への相談
3ヶ月に1回はSTEP1のチェックリストを再実施します。行動上の問題(過剰なグルーミング・食欲低下・隠れがちになる等)が続く場合は、動物行動学の専門知識を持つ獣医師(行動診療科)への相談も選択肢に入れましょう。
Five Domainsを取り入れるメリット・デメリット
メリット
- 猫の行動・感情サインを意識するようになり、問題行動の早期発見につながる
- ポジティブな感情状態の向上により、猫との絆が深まる
- ストレス起因の疾患(膀胱炎・過剰グルーミング等)の予防に役立つ
- 国際的な動物福祉の基準に沿った飼育ができ、将来の法改正にも対応しやすい
デメリット・注意点
- 「感情状態の評価」は主観的要素が含まれるため、飼い主のバイアスが入りやすい
- 完全な実践には時間・コスト・住環境の改善が必要な場合もある
- 概念が新しいため、日本語の専門的情報がまだ少なく、学習に英語文献が必要なことも
実体験:Five Domainsを意識したら猫が変わった話
あるご家族(東京在住・猫2頭飼い)のお話です。
7歳のオス猫(去勢済み)が、突然頻繁にトイレに行くようになり、血尿が出たため動物病院を受診。診断は「特発性膀胱炎(ストレス性膀胱炎)」でした。身体的には特に異常がなく、ストレスが原因と診断されたのです。
担当獣医師からFive Domainsの視点でアドバイスを受け、ご家族が行ったのは以下のことでした。
- トイレを2個から4個に増やし、設置場所を分散(②環境の改善)
- 毎日15分のじゃらし棒遊びを導入(④行動の保証)
- もう1頭との休憩スペースを完全に分離(②環境・⑤メンタルステートの改善)
- フードを1日1回から3回に分けて給餌(①栄養の改善)
約2ヶ月後、膀胱炎の再発はなくなり、猫の行動も落ち着いてきたそうです。「病気を治すだけでなく、猫の生活全体を見直したら変わった」とご家族は話しています。これはまさにFive Domainsの5領域を包括的にアプローチした成果です。
動物福祉の5つの領域(Five Domains)の世界・日本での浸透状況
世界の動向:欧米を中心に急速に普及
Five Domainsは欧米諸国の獣医学教育・動物シェルター・行政機関で急速に採用が進んでいます。
- ニュージーランド・オーストラリア:Five Domainsを正式な動物福祉評価基準として政府レベルで採用
- 英国:王立動物虐待防止協会(RSPCA)がFive Domainsを動物評価基準の主軸に位置づけ
- 欧州連合(EU):動物福祉戦略「Farm to Fork」においてFive Domainsの概念が参照されている
- 世界動物保健機関(WOAH):Five Domainsを動物福祉評価の国際ガイドラインとして支持
日本の現状:先進的機関では取り入れが始まっているが…
日本においては、Five Domainsはまだ一般飼い主への普及という点では発展途上の段階です。
- 日本獣医師会:動物福祉の推進を公式に掲げているが、Five Domainsの明示的な導入は一部の先進的な会員施設にとどまる
- 一部の大学附属動物病院(麻布大学・日本獣医生命科学大学等):動物行動学・動物福祉学の授業でFive Domainsを教育に組み込んでいる
- 動物シェルター・保護団体:一部の先進的な団体がFive Domainsを動物のウェルフェア評価に活用し始めている
- 一般飼い主:認知度はまだ低く、「動物福祉の5つの領域」という言葉自体を知る人は限られる
環境省は「動物の愛護及び管理に関する施策を総合的に推進するための基本的な指針」において動物の適正飼育の重要性を示していますが、Five Domainsを名指しした政策文書は2024年時点ではまだ存在していません。今後の法改正・ガイドライン改訂に期待が寄せられています。
しかし変化の波は確実に来ています。SNSで動物福祉・エンリッチメントへの関心が高まり、Five Domainsに基づいたケアを実践する飼い主・獣医師・ブリーダーは確実に増えています。
注意点:Five Domainsを実践する上で気をつけること
- 「完璧主義」にならない:すべての領域を一度に100%満たそうとしてもうまくいきません。一つずつ、できることから始めることが長続きのコツです。
- 「人間の感覚で判断しない」:猫が「楽しそうに見える」行動が、実は不安の裏返しである場合があります。猫の行動学の基礎知識を学ぶことが重要です。
- 「個体差を尊重する」:猫は個体によって性格・好み・ストレス耐性が大きく異なります。一頭の猫に合ったアプローチが別の猫には逆効果になることもあります。
- 「専門家との連携を忘れない」:行動上の問題や深刻なストレスサインが見られる場合は、自己判断だけでなく獣医師・動物行動学の専門家に相談しましょう。(→ 行動診療・動物行動学について詳しくは別記事をご覧ください)
今後の社会的視点:動物福祉は「倫理」から「社会インフラ」へ
動物福祉の5つの領域(Five Domains)の広がりは、単なる「猫への優しさ」にとどまらない、より大きな社会変化を示しています。
欧州では「動物センチェンス(動物の感覚能力)」がEU基本条約に明記され、動物が「感情を持つ存在(sentient beings)」として法律上認められています。これはFive Domainsのメンタルステート概念と一致しています。
日本でも2019年の動物愛護管理法改正で「動物が命あるものであることにかんがみ」という文言が盛り込まれ、動物の感覚・感情への配慮が法的に求められるようになりました。
近い将来、動物福祉の基準を満たさないペットショップ・ブリーダー・シェルターは社会的に淘汰される流れになるでしょう。そして飼い主自身にも、「動物福祉の知識と実践」が求められる時代になっていきます。
Five Domainsを知ることは、猫のためだけではなく、これからの動物と人との関係を再構築するための一歩です。
子どもたちへの動物福祉教育が学校カリキュラムに入る日も、そう遠くないかもしれません。そのとき「Five Domains」は、現代の常識として語られているはずです。
まとめ:「苦しませない」から「幸せにする」へ。猫との関係をアップデートしよう
この記事では、動物福祉の5つの領域(Five Domains)について、以下の内容を解説しました。
- Five Domainsは「5つの自由(Five Freedoms)」を進化させた、より積極的な動物福祉の評価モデル
- 栄養・環境・健康・行動・メンタルステートの5つの領域で、猫のポジティブな感情状態を目指す
- 世界では国際機関・欧米政府レベルで普及が進んでおり、日本でも先進的な獣医師・施設が取り入れ始めている
- 一般飼い主でも今日から7つのステップで実践できる
- 動物福祉は「倫理的選択」から「社会の基準」へと変わりつつある
愛猫は毎日あなたを見ています。「苦しんでいないか」だけでなく、「今日、幸せな瞬間があったか」を問いかけてみてください。
Five Domainsは難しい学術理論ではありません。「猫の気持ちに、もう一歩深く寄り添う」ための道しるべです。
まず今日から、猫との「遊びの15分」を始めてみましょう。それがあなたとあなたの猫の、新しい動物福祉の第一歩です。
【参考資料・出典】
・Mellor, D.J. et al. (2020). The 2020 Five Domains Model: Including Human-Animal Interactions in Assessments of Animal Welfare. Animals, 10(10), 1870.
・World Organisation for Animal Health (WOAH): Animal Welfare Standards
・環境省「令和4年度動物愛護管理行政事務提要」(2023年)
・一般社団法人ペットフード協会「令和5年全国犬猫飼育実態調査」(2023年)
・Farm Animal Welfare Council (FAWC): Five Freedoms (1979)
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