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イスラム教と動物福祉|その深い思想と現代社会への示唆

イスラム教と動物福祉  

 

 

イスラム教と動物福祉というテーマは、一見すると縁遠い組み合わせに思えるかもしれません。しかし実際には、イスラム教は世界の宗教のなかでも動物に対する倫理的な扱いについて、最も早い時期から体系的な教えを持ってきた宗教のひとつです。世界人口の約4分の1を占めるムスリム(イスラム教徒)の日常生活に深く根ざしたこの思想は、現代の動物福祉をめぐる国際的な議論においても重要な視点を提供しています。本記事では、イスラム教における動物観の根本から、ハラール食品と動物福祉の関係、そして私たちが異文化として理解すべきことまで、丁寧に解説していきます。

 

イスラム教における動物観

 

イスラム教は、神(アッラー)がすべての生き物を創造したという世界観を出発点としています。人間も動物も、等しく神の被造物(マフルーク)であり、すべての命には固有の価値があると考えられています。クルアーン(コーラン)には動物に関する記述が多数含まれており、動物を単なる「資源」としてではなく、神を称賛する存在として位置づける表現が随所に見られます。

 

たとえばクルアーンの第6章「家畜章」(スーラ・アル=アンアーム)は、その名称自体が動物に由来しており、家畜との関わり方についての教えが含まれています。また第16章「蜂章」(スーラ・アン=ナフル)では蜜蜂が神の意志のもとで働く存在として描かれており、自然界の生き物すべてが神の秩序の一部であることが示されています。

 

イスラム法学(フィクフ)の観点からも、動物への扱いについて細かな規定が存在します。預言者ムハンマドの言行録であるハディースには、動物に対する思いやりを説いた言葉が数多く収められています。たとえば「喉が渇いた犬に水を与えた娼婦が天国に入れた」という有名なハディースは、たとえ社会的に低い立場にある人物であっても、動物を救う行為が神に認められることを示しており、動物への慈悲が信仰の本質に関わるものとして語られています。

 

また、動物を不必要に苦しめることは「ザルム(不正・不義)」と見なされ、イスラム教の倫理において厳しく戒められています。ムスリムは動物をスポーツや娯楽のために傷つけることを禁じられており、闘鶏や闘犬などの慣習はイスラム法学者の多くによって禁止行為(ハラーム)とされています。

 

なぜそのような思想が生まれたのか(歴史・宗教的背景)

 

イスラム教が動物福祉に対して倫理的な思想を育んできた背景には、いくつかの歴史的・宗教的要因があります。

 

まず地理的・社会的背景として、イスラム教が誕生した7世紀のアラビア半島は、過酷な砂漠環境でした。この地で生きるためには、ラクダ、羊、山羊などの家畜との共生が不可欠であり、動物を丁寧に扱うことは生存のための実践的な知恵でもありました。遊牧民の文化と農耕・牧畜文化が交差するこの地域において、人と動物の関係性は非常に緊密であり、その経験がイスラムの倫理規範に反映されていったと考えられます。

 

次に、イスラム教の「スチュワードシップ(管理責任)」の概念が挙げられます。クルアーンでは、人間は神から地球の「カリーファ(代理人・管理者)」に任命された存在だと位置づけられています。これは、人間が地球上のあらゆる生き物に対して管理・責任を持つ存在であることを意味します。つまり、人間は動物を搾取する権利を与えられているのではなく、むしろ動物を含む自然全体を適切に管理・保護する義務を神から課されているという考え方です。この「アマーナ(信託・責任)」の概念は、イスラム環境倫理や動物福祉思想の根幹をなしています。

 

さらに、預言者ムハンマド自身が動物愛護者であったことも重要です。ムハンマドが動物を大切にしたエピソードは数多くのハディースに記されています。彼は動物を虐待する人々を公に非難し、ロバに荷物を積み過ぎることや、動物を目的もなく殺すことを戒めました。また、ある伝承によれば、ムハンマドはネコを特に大切にしており、ネコが眠っている服の袖を切ってまで起こさないようにしたという逸話も伝えられています。こうした言動が後世のムスリムにとっての模範となり、動物への敬意がイスラム文化に深く根付いていきました。

 

イスラム教の神学的な観点からは、「タウヒード(神の唯一性)」という概念も動物観に影響を与えています。すべての存在が唯一の神によって創造されたというこの信仰は、あらゆる生命が同じ源から生まれた兄弟姉妹であるという感覚を生み出します。人間だけが特別な存在なのではなく、鳥も魚も昆虫も、等しく神の創造物として尊重されるべきという価値観が育まれたのです。

 

ハラールと動物福祉の関係

 

イスラム教と動物福祉を語る上で、「ハラール(許されたもの)」という概念、特にハラールと食肉処理の関係を避けて通ることはできません。

 

ハラール食肉の処理方法は「ダビーハ(ズィバーハ)」と呼ばれ、いくつかの厳格な要件があります。まず、処理を行う者はムスリムでなければならず、処理の際に「ビスミッラー(神の名において)」と唱えることが義務付けられています。また、動物の頸動脈・頸静脈・気管・食道を一刀で切断することで、できる限り速やかに意識を失わせ、血液を完全に排出することが求められます。

 

この方法をめぐっては、現代の動物福祉の観点から批判的な議論も生じています。欧州などでは、屠殺前のスタニング(気絶処置)が法律で義務付けられている国もあり、スタニングを伴わないハラールと非ハラール(コシェル)屠殺が動物に過度な苦痛を与えるという主張がなされています。

 

しかし一方で、イスラム法学者や動物福祉の研究者の一部は、正しく行われたダビーハは動物に最小限の苦痛しか与えないと主張しています。鋭利な刃物で頸動脈を一刀で切断すると、脳への血流が急速に低下し、動物はほぼ即座に意識を失うという研究もあります。また、ハラールの前提として、動物をストレスのない状態に保ち、処理の前に恐怖を与えないことが求められており、これはむしろ現代の動物福祉の基本原則と一致する部分でもあります。

 

また、ハラール食品における動物福祉の観点は、単に屠殺方法だけではありません。動物の飼育環境についても、イスラムの教えは重要な指針を提供しています。過密な飼育環境、自然な行動を妨げる管理方法、不必要な薬物投与などは、イスラムの動物保護の精神に反するという見解が、現代のムスリム学者から提示されています。実際に近年では、「ハラール・アニマル・ウェルフェア(HAW)」という概念が登場し、ハラール認証において飼育段階からの動物福祉を組み込もうという動きが始まっています。

 

現代の国際的議論

 

21世紀に入り、イスラム教と動物福祉をめぐる国際的な議論はより活発になっています。

 

まず、ムスリム人口の多い国や地域では、動物福祉法の整備が進んでいます。マレーシア、インドネシア、トルコなどでは、動物虐待を禁止する法律が制定・強化されており、これらはイスラムの動物保護思想を現代法として具体化したものとも言えます。マレーシアでは「マレーシア動物福祉法(2015年)」が制定され、動物への残虐行為や放棄が刑事罰の対象となりました。

 

次に、ハラール屠殺と欧州の動物福祉法の衝突という問題があります。ベルギー、デンマーク、スウェーデンなど複数のEU加盟国では、スタニングなしの屠殺を禁止または制限しており、ムスリムとユダヤ教徒のコミュニティからは宗教的自由の侵害だという批判が上がっています。この問題は、宗教的権利と動物の権利のどちらを優先するかという哲学的・法的な難問であり、各国で政治的な議論が続いています。欧州司法裁判所(CJEU)は2020年に、EU加盟国がスタニングなしの宗教的屠殺を禁止することは合法だという判断を下しましたが、これに対してムスリムやユダヤ教コミュニティの団体が強く反発しており、問題は未解決のままです。

 

また、気候変動と食の倫理という観点からも、イスラム教と動物福祉の関係が注目されています。イスラム教の環境倫理(イスラム・エコロジー)の観点から、工場式農業による環境破壊や動物への大規模な苦痛は、神の創造物を守るという義務に反するという主張が、ムスリム学者や活動家の間で広がっています。「イスラム・アニマル・ライツ」運動はまだ少数派ですが、若いムスリム世代の間でヴィーガニズムやベジタリアニズムへの関心が高まっているという報告もあります。

 

さらに、国際的なハラール認証機関の間でも、動物福祉基準をハラール認証に組み込むべきかどうかについての議論が続いています。たとえばニュージーランドやオーストラリアのハラール認証機関の一部は、飼育段階での動物福祉基準を導入しつつあり、「エシカル・ハラール」という概念が徐々に広まっています。これは、ハラールが単に「食べてよいもの」という消極的な許可から、「倫理的・持続可能な食」という積極的な価値観へと進化しつつあることを示しています。

 

私たちがどう理解すべきか

 

イスラム教と動物福祉の関係を理解する上で、私たちが大切にすべき視点はいくつかあります。

 

まず、文化的・宗教的多様性への敬意という観点です。動物への扱い方には、文化や宗教によって異なる価値観や歴史的背景があります。イスラム教の動物観を「野蛮」「時代遅れ」と一方的に批判することは、その背景にある深い倫理的思想を無視することになります。重要なのは、表面的な違いに目を向けるのではなく、その背景にある「動物を大切にする」という共通の価値観を出発点に対話を進めることです。

 

次に、対話と相互理解の重要性です。ハラール屠殺と動物福祉の問題のように、異なる価値観が衝突する場面では、互いの立場を理解しようとする誠実な対話が不可欠です。ムスリムの学者や動物福祉の専門家が共同で取り組むプロジェクトも各地で始まっており、科学的な知見と宗教的な倫理を統合する試みは、より良い解決策を見出すための重要なプロセスです。

 

また、私たち自身の「動物福祉」観を問い直すという視点も必要です。現代の日本社会でも、畜産業における動物の扱い方については多くの課題があります。工場式農業での過密飼育、輸送中のストレス、苦痛を伴う処理方法などは、日本でも決して解決されているとは言えない問題です。イスラム教の動物福祉思想を学ぶことは、私たち自身の食と動物との関係を見直すきっかけにもなります。

 

さらに、「信仰と科学の対話」という観点も重要です。宗教的な価値観と現代科学が対立するように見える場面でも、実際には多くの共通点が存在します。動物に苦痛を与えないという目標は、イスラム教の倫理にも動物福祉科学にも共通しており、この共通の目標を軸にして対話を深めることが、実践的な改善につながります

 。

最後に、グローバルな食の倫理についての意識を高めるという課題があります。世界の食糧システムが地球環境や動物福祉に与える影響が大きくなっている今、特定の宗教や文化を超えた普遍的な食の倫理が求められています。イスラム教の「カリーファ(管理責任)」の概念は、すべての人間が地球と生き物に対して責任を持つという普遍的なメッセージとして、私たち全員に向けられたものとも言えるでしょう。

 

まとめ

 

イスラム教は、その誕生当初から動物を神の創造物として尊重し、不必要な苦痛を与えることを戒めてきた宗教です。預言者ムハンマドの言行、クルアーンの教え、そしてイスラム法学の規定は、動物への思いやりという一貫したメッセージを持っています。ハラールと動物福祉の関係は複雑であり、現代においても様々な議論が続いていますが、その根底には「神から預かった命を大切にする」という深い信仰心があります。

 

私たちがイスラム教と動物福祉について理解を深めることは、単なる異文化理解にとどまらず、私たち自身の動物観・食観・そして生命倫理を豊かにすることにもつながります。宗教的な多様性を尊重しながら、動物の福祉という共通の目標に向かって協力していくことが、これからのグローバル社会に求められているのではないでしょうか。

 

 

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この記事を書いた人

阪本 一郎

1985年兵庫県宝塚市生まれ。
新卒で広告代理店に入社し、文章で魅せるということの大事さを学ぶ。
その後、学習塾を運営しながらアフィリエイトなどインターネットビジネスで生計を立て、SNSの発信力を磨く。
ある日公園で捨てられていた猫を拾ってから、自分の能力を動物のために使いたいと思うようになり、猫カフェを開業。
ヴィーガン食品、平飼い卵を使った商品を開発。
今よりもっと動物が自由に生きられる世の中にしたいと思い、行動しています。

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