狂犬病ゼロを目指す「Zero by 30」戦略とは?2030年までに死亡ゼロを目指す世界の取り組み
この記事でわかること
- 「Zero by 30」戦略の概要と背景
- 世界・日本における狂犬病の現状データ
- 具体的な撲滅手順と各国の実践例
- 日本の飼い主にできることと注意点
- 動物福祉の視点から見た今後の社会的課題
はじめに|「狂犬病ゼロ」は本当に実現できるのか?
「狂犬病」という言葉を聞いて、どのようなイメージを持ちますか?
「昔の病気では?」「日本では関係ない話でしょ?」
そう思った方は、ぜひこの記事を最後まで読んでいただきたいと思います。
狂犬病は、今もなお世界で年間約5万9,000人が命を落としている感染症です(WHO, 2023)。その約99%は犬による咬傷が原因であり、犠牲者の約40%は15歳以下の子どもたちです。
こうした現実を受け、WHO(世界保健機関)・OIE(国際獣疫事務局)・FAO(国連食糧農業機関)・GARC(世界狂犬病対策連合)の4機関が共同で立ち上げたのが、「Zero by 30」戦略です。
「2030年までに、犬を介した人の狂犬病による死者数をゼロにする」という壮大な目標——。
この記事では、Zero by 30戦略の全体像から日本との関係、飼い主として今日からできる行動まで、専門的かつわかりやすく解説していきます。
Zero by 30戦略とは?その全体像と背景
4つの国際機関が共同で策定した歴史的戦略
「Zero by 30」は、2018年に正式に発表された国際的な狂犬病撲滅計画です。
正式名称は「United Against Rabies(狂犬病に対する団結)フレームワーク」といい、単なる掛け声ではなく、科学的根拠に基づいた行動計画として設計されています。
戦略の3本柱は以下のとおりです。
- 犬へのワクチン接種の徹底(犬の個体数の70%以上へのワクチン接種が目標)
- 咬傷被害者への迅速なPEP(暴露後予防接種)の確保
- 狂犬病に関する知識の普及・教育
この3つを組み合わせることで、感染の連鎖を断ち切ることができる——それが Zero by 30 の核心的な考え方です。
なぜ「犬」に注目するのか?
狂犬病を媒介する動物はコウモリやキツネなど複数存在しますが、人への感染の99%は「犬」を介したもの(WHO推計)。
つまり、犬へのワクチン接種率を高めることが、最も費用対効果の高い撲滅手段であることが科学的に実証されています。
実際、フィリピンでは2021年から全国的な犬へのワクチン接種プログラムを強化した結果、狂犬病死亡者数が2016年の261人から2022年には100人以下に減少するという成果が出ています(フィリピン保健省データ)。
現状の問題|世界と日本の狂犬病をデータで見る
世界での深刻な現実
| 指標 | データ |
|---|---|
| 年間死者数 | 約59,000人(WHO, 2023) |
| 主な感染経路 | 犬による咬傷(全体の約99%) |
| 犠牲者の年齢層 | 約40%が15歳以下の子ども |
| 被害が多い地域 | アジア・アフリカが全体の95%以上 |
| 経済的損失 | 年間約88億ドル(ワクチン・治療費含む) |
特に深刻なのがインドで、世界の狂犬病死者数の約35%がインド一国で占められています(WHO, 2021)。一方でインドは近年、Zero by 30 に向けた国家計画を策定しており、国際社会からも注目されています。
日本の状況と「清浄国」の現実
日本では、1957年以降、国内での狂犬病感染例は報告されていません。これは、1950年に制定された狂犬病予防法に基づく厳格な予防接種義務と検疫制度の賜物です。
しかし、「日本は安全」という安心感が、新たなリスクを生んでいます。
環境省の調査(2022年度)によると、日本の犬のワクチン接種率は約70〜75%程度とされていますが、実態としてはそれを下回る地域も多く存在します。
とりわけ問題となっているのが:
- 飼い主不明の犬(野犬・放浪犬)への接種の難しさ
- 海外旅行者・帰国者を介した輸入感染リスク
- 感染症に対する「他人事意識」による接種率の低下
2020年には、フィリピンから帰国した男性が狂犬病を発症し死亡したケース(厚生労働省報告)が日本でも発生しています。日本は「清浄国」ですが、狂犬病は決して過去の病気ではありません。
よくある疑問とその回答|Q&A形式で徹底解説
Q1. Zero by 30は日本にも関係するの?
A. はい、大いに関係します。
日本は狂犬病清浄国ですが、WHOが推進するZero by 30は「世界全体での撲滅」を目標としています。
日本のODA(政府開発援助)や技術協力を通じて、アジア・アフリカの狂犬病対策を支援することが期待されています。また、日本国内の接種率維持も、グローバルな取り組みの一部です。
Q2. 犬のワクチン接種は義務?罰則はあるの?
A. 日本では法律で義務づけられています。
狂犬病予防法第5条により、犬の飼い主は毎年1回、狂犬病予防ワクチンを接種させる義務があります。
違反した場合は20万円以下の罰金(同法第27条)が科せられる可能性があります。
にもかかわらず、前述のとおり接種率は100%には程遠い状況です。
Q3. 狂犬病に感染したらどうなるの?治療法はあるの?
A. 発症後の救命はほぼ不可能です。だからこそ予防が最重要です。
狂犬病ウイルスは神経系を侵し、発症するとほぼ100%が死亡します。
ただし、咬傷後に速やかに「暴露後予防接種(PEP)」を受けることで発症を防ぐことができます。PEPは咬傷後できるだけ早く(理想は24時間以内)開始することが推奨されています。
Q4. 野良犬が多い地域ではどうすればいい?
A. 地域全体での「犬の個体数管理(DPCM)」が重要です。
Zero by 30 戦略では、殺処分に頼らず「捕獲・不妊去勢・ワクチン接種・返還(CNVR)」の方法が推奨されています。
これは動物福祉の観点からも評価されており、バングラデシュやスリランカでの導入事例では、狂犬病感染率の大幅な低下が報告されています。
具体的な方法・手順|Zero by 30 を実現する4ステップ
Zero by 30 の実施モデルは、国・地域・個人レベルそれぞれで役割が定められています。
ステップ1:犬の個体数の把握と登録制度の整備
まず前提として、「何頭の犬がいるのか」を把握することが必要です。
日本では市区町村への犬の登録が義務づけられていますが、発展途上国では登録制度そのものが存在しない地域も多くあります。
GISマッピング(地理情報システム)を活用した犬の個体数推計が、Zero by 30 の先進的な現場では導入されています。
ステップ2:70%以上の犬へのワクチン接種
狂犬病の「集団免疫」を達成するには、犬の個体数の70%以上へのワクチン接種が必要とされています(WHOガイドライン)。
この数字を達成・維持するために:
- 移動式ワクチン接種車の導入
- 地域コミュニティとの連携
- 低コストワクチンの供給体制整備
これらが各国での実践ポイントとなっています。
ステップ3:咬傷被害者へのPEPへのアクセス確保
低・中所得国では、PEP(暴露後予防接種)が費用的・物理的に入手困難なケースが多くあります。
1コース分のPEP費用は、途上国では平均月収の数倍に達することもあります。
Zero by 30 では、各国政府・国際支援機関が協力してPEPの普及・費用補助を推進しています。日本のJICA(国際協力機構)も、東南アジアを中心に技術支援を行っています。
ステップ4:教育・啓発活動の継続
「犬に咬まれたらすぐ病院へ」という知識は、発展途上国の農村部では十分に浸透していません。
学校教育・地域集会・SNSを活用した啓発が、Zero by 30 の重要な柱の一つです。
9月28日は「世界狂犬病デー(World Rabies Day)」として、毎年GARCが啓発キャンペーンを実施しています。
メリット・デメリット|Zero by 30 戦略を多角的に評価する
Zero by 30 のメリット
① 経済的メリットが大きい
WHOの試算によると、狂犬病撲滅による経済的便益は、予防・治療コストの約3〜7倍とされています。特に農業従事者が多い途上国では、家畜への感染リスク低減も含め、大きな経済効果が期待されます。
② 動物福祉の向上にもつながる
Zero by 30 が推奨するCNVRアプローチは、殺処分に頼らない方法です。犬の命を守りながら感染症対策ができるという点で、動物福祉と公衆衛生の両立を実現しています。
③ 「One Health」の理念と合致する
人・動物・環境の健康を一体的に守る「One Health」の考え方が、近年国際的に注目されています。Zero by 30 は、この理念を体現した代表的な取り組みといえます。
Zero by 30 の課題・デメリット
① 財源確保の難しさ
先進国からの資金援助に依存する構造があり、援助の継続性が保証されない点がリスクです。
② 文化・宗教的背景との摩擦
一部の地域では、犬を「不浄な動物」とみなす宗教的慣習があり、ワクチン接種プログラムへの協力が得られにくいケースもあります。
③ 野生動物リポジトリの問題
犬由来の狂犬病を制御しても、コウモリやキツネなどの野生動物が感染源となるケースは残ります。Zero by 30 はあくまで「犬を介した人の死者をゼロに」という目標であり、狂犬病ウイルス自体の完全消滅は別の課題として残ります。
エピソード|ある獣医師の現場から
東南アジアの農村部でボランティア活動を行った日本人獣医師・田中さん(仮名)は、こんな体験を語ってくれました。
「村に着いたとき、子どもたちが野良犬と無防備に遊んでいました。その犬たちにワクチンが打たれているかどうか、誰も気にしていなかった。でも村人たちを責める気にはなれなかった。彼らはそもそも、狂犬病がどんな病気かを知らなかったんです。」
田中さんが関わったプロジェクトでは、移動式ワクチン接種車で村を回りながら、並行して学校での啓発授業も実施しました。
「最初は警戒していた村の人たちが、3日目には自ら犬を連れてきてくれるようになった。知識が人を動かす、ということを実感しました」と田中さんは振り返ります。
この経験は、Zero by 30 が単なる「ワクチンを打つだけの計画」ではなく、教育・信頼・コミュニティとの協働が不可欠であることを如実に示しています。
注意点|Zero by 30 に関わる誤解と落とし穴
誤解①「日本は関係ない」
前述のとおり、日本は清浄国ですが、輸入感染リスクはゼロではありません。
海外で犬や野生動物に咬まれた場合、現地でのPEP処置と帰国後の医療機関への相談が不可欠です。
誤解②「ワクチンを1回打てば一生大丈夫」
日本の狂犬病予防法では、毎年1回の接種が義務づけられています。
「数年前に打った」では法律違反になる可能性があります。毎年春の集合注射や動物病院での接種を忘れずに。
誤解③「野良犬を保護すれば問題解決」
個人による野良犬の保護は、感情的には理解できますが、ワクチン未接種の動物を自宅に迎えることはリスクを伴います。
必ず保護直後に獣医師の診察を受け、ワクチン接種状況を確認することが必要です。
渡航前に確認すること
狂犬病リスクの高い国(インド・フィリピン・インドネシア・タイなど)へ渡航する際は:
- 渡航前のワクチン接種(暴露前予防接種)を検討する
- 現地での犬・野生動物との接触を避ける
- 万一咬まれた場合は、傷口を流水と石けんで15分以上洗浄し、すぐに医療機関へ
厚生労働省の「感染症情報」ページや、外務省の「感染症危険情報」も渡航前に必ず確認してください。
今後の社会的視点|動物福祉と「One Health」の時代へ
感染症と動物福祉は対立しない
かつて、感染症対策の文脈では「野犬の殺処分」が当然のように行われていた時代がありました。
しかし現在、国際社会の潮流は大きく変わっています。
WHOが推進するZero by 30 戦略も、「動物を守ることが人を守ることにつながる」という理念のもとに設計されています。
日本でも、環境省が推進する「動物の適正飼養」の考え方や、改正動物愛護管理法(2019年)による罰則強化が、こうした世界の流れと歩調を合わせています。
SDGsとの接続
Zero by 30 は、国連のSDGs(持続可能な開発目標)とも深く連動しています。
- SDGs 3(すべての人に健康と福祉を):狂犬病による死者ゼロ
- SDGs 15(陸の豊かさも守ろう):野生動物との共存
- SDGs 17(パートナーシップで目標を達成しよう):国際機関・各国政府・NGOの連携
狂犬病対策は、感染症の問題にとどまらず、社会正義・動物福祉・国際協力という大きな枠組みの中に位置づけられています。
日本が果たすべき役割
日本は技術力・資金力・外交ネットワークを持つ先進国として、Zero by 30 の実現に貢献できる立場にあります。
具体的には:
- JICAを通じたアジア・アフリカへの技術支援
- 狂犬病ワクチンの研究開発への投資
- 国内飼い主への継続的な啓発活動
これらを通じて、日本は「狂犬病清浄国」としての経験を世界に還元できる国であるべきです。
また、私たち一人ひとりの飼い主としての行動——毎年のワクチン接種、適切な飼養管理——も、グローバルな Zero by 30 戦略の一部であることを忘れないでほしいと思います。
まとめ|2030年、狂犬病のない世界のために今日できること
この記事で解説してきた内容を振り返りましょう。
Zero by 30 とは:
- 2030年までに犬を介した人の狂犬病死者数をゼロにする、WHOなど4機関による国際戦略
- 3本柱は「犬へのワクチン接種70%達成」「PEPへのアクセス確保」「教育・啓発」
- 動物福祉と公衆衛生の両立を目指す、One Health の象徴的取り組み
日本との関係:
- 国内は清浄国だが、輸入感染リスクと接種率低下は課題
- 狂犬病予防法による毎年の接種義務を守ることが基本
- 国際協力・技術支援を通じた貢献も期待される
「狂犬病ゼロ」は夢物語ではありません。
科学があり、仕組みがあり、意思があれば——世界は変えられます。
その第一歩は、あなたの愛犬のワクチン接種が最後いつだったか、今日確認することから始まります。
まずは今年の狂犬病予防接種の日程を確認し、大切な命を守るための一歩を踏み出してください。
参考資料・引用元
- WHO「Rabies fact sheet」(2023年)
- 環境省「動物愛護管理行政事務提要」(2022年度版)
- 厚生労働省「狂犬病に関するQ&A」
- GARC(世界狂犬病対策連合)「Zero by 30 Strategic Plan」
- フィリピン保健省「Rabies情報」(2022年)
- JICA「感染症対策プロジェクト」関連報告書
この記事は動物福祉・公衆衛生の観点から情報提供を目的として作成されています。医療上のご相談は必ず医療機関・獣医師にご相談ください。
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