イギリスの希少動物専門病院が閉鎖危機——動物福祉より利益を優先する獣医業界の構造問題

「鳥や爬虫類のためなら、私は何時間でも車を走らせる。でも、その病院がなくなったら——どこへ行けばいいの?」 ──イギリス・ベッドフォードシャー在住、クジャク飼育者のメアリー・パーソンズさん
はじめに:今、イギリスで何が起きているか
2026年3月、イギリス・スウィンドンにあるグレート・ウェスタン・エキゾチックス(GWE)が閉鎖の危機を迎えています。
GWEは、鳥類・爬虫類・ウサギなどエキゾチック動物に特化した24時間365日対応のティア3(最高水準)RCVS認定専門病院です。
2004年、国際的に著名な鳥類専門獣医ニール・フォーブス博士によって創設され、エディンバラからエクセターまで、全国から患者が集まる「最後の砦」でした。
しかしそのGWEが、大手コングロマリットIVC Evidensia傘下の「Vets Now」に買収された後、2026年4月2日の閉鎖が告知されました。
理由は「需要が持続的なビジネスを支えるほど十分でない」——。
この決定に対し、飼い主・専門家・動物愛護団体から「利益優先で動物福祉が犠牲にされている」との批判が一斉に噴出しています。
本記事では、この問題の構造・背景・影響を徹底的に解説します。
GWEとはどんな病院だったのか
イギリス唯一の「鳥類専門研修プログラム」を持つ施設
GWEが単なる動物病院ではなかった理由、それはイギリス唯一の欧州獣医動物学カレッジ(ECZM)認定・鳥類専門研修プログラムの実施施設だったからです。
この研修プログラムは、獣医師が鳥類医学の欧州専門医(ディプロマ)資格を取得するための唯一の正規ルート。これまでに11名の鳥類専門医を輩出してきました。
フォーブス博士はGWE閉鎖について「大きな悲しみを感じる」と述べ、こう続けています。
「私の在任中、GWEは常に収益を上げていた。現在の企業オーナーが存続できなかったのは、本当に残念だ」
提供していた医療レベル
GWEで行われてきた医療は、一般の獣医院とは次元が異なるものでした。
- 鳥類・爬虫類・ウサギへのCT・MRI・超音波検査
- 鳥類への輸血
- 24時間の集中治療対応
- 複雑症例や術後管理が必要な動物への専門的フォローアップ
「彼らは血液輸血も、CTも、超音波も全部やってくれる。まったく別格だ」と語るのは、ベッドフォードシャーから片道3時間かけてクジャクを連れてきていたメアリー・パーソンズさんです。
なぜ閉鎖されるのか——企業買収と動物福祉の構造的矛盾
IVC Evidensiaとは何者か
IVC Evidensiaは、ヨーロッパ最大規模の獣医グループです。
過去10年間で1,800以上の英国の動物病院・クリニックを傘下に収め、2021年時点で評価額110億ポンド(約2兆円超)に達したと言われています。
そのIVCが、現在株式市場への上場(IPO)を準備中であることを英フィナンシャル・タイムズが報じています。
GWEの閉鎖が「上場前のポートフォリオ整理」ではないかという見方は、関係者の間で広く共有されています。
英国競争・市場庁(CMA)も動いている
この問題は、GWEだけの話ではありません。
英国の競争・市場庁(CMA)は、獣医業界全体の調査を進めています。大手法人が次々と診療所を買収することで、
- 選択肢の減少
- 価格の高騰
- 専門性の均質化
が起きているとして、問題視しているのです。CMAの調べによれば、獣医費用はこの7年間で60%以上値上がりしているとされています。
「動物医療が利益追求の手段になっている」——そんな批判が、社会全体から上がっています。
閉鎖が動物福祉に与える具体的影響
6万頭以上の動物が「医療難民」になる
GWEに依存していた動物の数は6万頭以上とも言われています。
その多くは、慢性疾患の管理、複雑な手術後のケア、あるいは専門的治療計画のただ中にある動物たちです。
鳥類・爬虫類・ウサギはなぜ「時間との勝負」なのか
鳥類・爬虫類・ウサギは、犬や猫とは根本的に異なる特性を持っています。
- 鳥類:体調不良を本能的に隠す。重篤な状態になるまで症状が見えない
- 爬虫類:体温調節を外部環境に依存するため、搬送中の温度管理が命取りになる
- ウサギ:食欲不振が数時間続くだけで消化器系が壊滅的なダメージを受ける可能性がある
専門家の言葉を借りれば、「搬送時間が長くなるほど、直接的に死亡リスクが上がる」のです。
鳥類・爬虫類専門病院の閉鎖は、「近くて便利な病院がなくなる」という問題ではありません。
それは文字通り、命の問題です。
代替施設は「本当の代替」になれるのか
IVC側は閉鎖に際し、「60分圏内に3つの代替施設がある」と説明しています。
しかし専門家はこの説明に疑問を呈しています。
「これほど規模の施設を閉鎖することで、搬送時間の増加や専門キャパシティの低下が患者の福祉や紹介経路に実質的な悪影響を与える可能性がある」
──ある専門獣医師の見解
代替として挙げられている施設が、GWEと同等の24時間対応・専門医療を提供できるか否かは、現時点では不明確なままです。
教育への打撃:次世代の専門医が育たない
もうひとつ見逃せない影響があります。医療人材の育成が止まることです。
GWEが閉鎖されれば、イギリスにおける鳥類医学専門医の養成ルートが事実上消滅します。
現在でも、エキゾチック動物の医療は「獣医師の卒前教育でほとんど扱われていない」とフォーブス博士は指摘しています。
鳥類専門医が育たなければ、10年後・20年後のイギリスにおける鳥類・爬虫類の医療環境はさらに悪化するでしょう。
これは今の問題ではなく、未来の動物福祉への投資を断ち切る行為です。
数字で見るイギリスのエキゾチックペット事情
飼育頭数は急増している
イギリスにおけるエキゾチックペットの飼育数は、2000年以降約60%増加しています。
現在の主な飼育数(推計)はこちらです。
| 動物種 | 推計飼育数 |
|---|---|
| 爬虫類(全種合計) | 約80万頭 |
| 屋内飼育の鳥類 | 約150万羽 |
| カメ・リクガメ | 約70万頭 |
| ウサギ | 約100万羽 |
| ヘビ | 約60万頭 |
(出典:World Animal Foundation / The Vet Desk 2026年調査)
これだけの数のエキゾチック動物が飼育されているにもかかわらず、専門病院の数はきわめて少ない。
「需要が不十分」という企業の論理は、本当に正しいのでしょうか。
専門的医療の空白は深刻
ある調査によれば、獣医師の80%が「エキゾチックペットの福祉ニーズが適切に満たされていない」と考えているとされています。
これは医療側の問題であり、需要側の問題ではありません。
専門病院が少ないから患者数が少ないのか、患者数が少ないから専門病院が少ないのか。
GWEの閉鎖は、その悪循環をさらに深めるものです。
市民・専門家の反応——「今すぐ声を上げなければ」
請願活動に2,100人以上が署名
GWEの閉鎖発表を受け、Change.orgに立ち上げられた署名活動には2,100人以上が賛同しています。
署名活動では、IVC Evidensiaに対して以下の要求を突きつけています。
- 閉鎖決定に先立つ、動物福祉影響評価の公開
- クライアント・紹介獣医・業界関係者との真摯な対話
- 売却を含む、閉鎖以外のすべての選択肢の真剣な検討
「ショックと怒りのサイクルを全部経験した」
26年来のGWEクライアントであるバージニア・トロットさんは語ります。
「ショック、パニック、信じられないという気持ち、恐怖、そして怒り——悲嘆の全サイクルを経験した。とても裏切られた気分だ」
オウム専門の預かり施設を経営する彼女は、エキゾチック動物の専門医療において「時間と距離が生死を分ける」と強調します。
フォーブス博士が望んだ「白馬の騎士」
GWEを創設したニール・フォーブス博士は、閉鎖ではなく第三者への売却を望んでいると表明し、「白馬の騎士(白馬の騎士:企業救済者の比喩)が現れることを願っている」と述べました。
閉鎖期限は現時点で2026年4月2日に延期されており、交渉の余地がゼロではない状況です。
日本への示唆——この問題は「他人事」ではない
日本でも進む獣医業界の法人化・M&A
この問題はイギリス特有のものではありません。
日本でも近年、大手動物病院チェーンによるM&Aが加速しています。規模の経済を追求する法人経営のもとで、採算性の低い「専門性の高い診療」が縮小されるリスクは、日本でも十分にあり得ます。
「エキゾチック動物」への医療格差
日本においても、犬・猫と比べて鳥類・爬虫類・ウサギへの専門医療は著しく少ないのが現実です。
環境省が整備する動物の愛護と管理に関する法律(動物愛護管理法)においても、エキゾチックペットへの医療環境整備は重要な課題として浮上しています。
GWEの問題は、「動物医療を商品として扱うとどうなるか」を示す、世界的な警告です。
GWE問題が問いかける本質的な問い
今回の問題の核心は、次の一点に集約されます。
「動物医療は、純粋なビジネスであるべきか」
利益を追求すること自体は否定されません。しかし、以下の問いには明確な答えが必要です。
- 採算の取れない専門医療は、存在しなくてよいのか
- 企業が大量の診療所を買収した後、不採算部門を切り捨てることは許容されるのか
- 動物福祉の影響評価なしに、専門病院を閉鎖することは倫理的に正しいのか
GWEの問題は、動物を「商品」として扱うシステムの構造的欠陥を白日の下にさらしました。
まとめ
- GWEは、鳥類・爬虫類専門の24時間ティア3認定病院であり、イギリス唯一の鳥類専門医研修施設でもあった
- 大手コングロマリットIVC Evidensiaに買収された後、2026年4月2日の閉鎖が発表された
- 6万頭以上の動物が影響を受け、鳥類・爬虫類・ウサギは搬送時間の増加だけで命を落とすリスクがある
- 競争・市場庁(CMA)は獣医業界の大手による買収が費用高騰と選択肢の減少を招いていると調査中
- 請願署名は2,100人超に達し、医療業界・飼い主・専門家が一斉に反発
- これはイギリスだけの問題ではなく、日本を含む世界の動物医療制度への警告でもある
あなたにできること
この問題に関心を持ったなら、ぜひ行動してください。
- 情報を広める:SNSでシェアし、エキゾチックペット飼育者に知らせましょう
- 声を上げる:Change.orgなどの署名活動を通じて意見を届けることができます
- かかりつけ医に聞く:飼っている動物の専門医療施設を、今のうちにリストアップしておきましょう
- 日本の動物愛護行政に注目する:環境省・地方自治体の動物福祉政策を継続的にウォッチしましょう
エキゾチック動物も、犬や猫と同じだけの医療を受ける権利があります。その権利を守るために、私たちひとりひとりの声が必要です。
参考・出典:The Guardian (2026年3月23日)、Vet Times (2026年3月)、Change.org 署名活動、Veterinary Record (Wiley)、The Vet Desk エキゾチックペット統計2026、World Animal Foundation 英国ペット統計2026、競争・市場庁(CMA)獣医業界調査
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