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EUのケージ飼育廃止はなぜ止まったのか?|畜産ロビーと動物福祉の深刻な対立を解説

EUのケージ飼育廃止はなぜ止まったのか

 


140万人以上のEU市民が声を上げた。それでも、政策は動かなかった。
これは民主主義の問題であり、動物たちの命の問題でもある。


はじめに|市民の声が「無視」された日

 

2021年、欧州委員会はある歴史的な約束をしました。

140万人を超えるEU市民が署名した欧州市民イニシアチブ(ECI)「End the Cage Age(ケージ時代の終焉)」に応え、2023年末までにケージ飼育を禁止する法案を提出すると正式に表明したのです。

 

しかし、その期限は静かに過ぎ去りました。

法案は提出されませんでした。 市民への回答もありませんでした。 そして、EU内の約3億頭の農場動物たちは、今日もケージの中にいます。

なぜこうなったのでしょうか。

この記事では、EUの動物福祉政策がなぜ停滞しているのか、その背景にある畜産ロビーの影響力、そして私たちに何ができるかを、データと事実をもとに徹底的に解説します。


「End the Cage Age」とは何か?

 

EUの市民が直接政策を動かす仕組み

欧州市民イニシアチブ(ECI)とは、EU加盟国の市民が100万人以上の署名を集めることで、欧州委員会に対して立法提案を求めることができる制度です。

「End the Cage Age(ケージ時代の終焉)」は、英国の動物愛護団体Compassion in World Farming(CIWF)が主導し、2018年〜2019年にかけて署名活動を展開。

 

その結果、EU加盟18か国から140万人以上の署名を集めることに成功しました。 これは、ECIの中でも歴代最大規模のひとつとされています。

 

このキャンペーンが求めたこと

このイニシアチブが欧州委員会に要求した内容は、主に次の3点です。

  • 採卵鶏のバタリーケージの禁止
  • 繁殖母豚のストール(個別繁殖箱)の禁止
  • 子牛の個別ペンの禁止

そして、2021年6月、欧州委員会は「2023年末までにケージ使用を段階的に廃止するための立法提案を行う」と公式に約束しました(ジェトロ・ビジネス短信, 2021年7月)。

しかし現実は、その約束とは大きくかけ離れたものになっていきます。


ケージ飼育の実態|数字が語る動物たちの現実

 

EUで今も続くケージの現実

まず、問題の規模を正確に理解する必要があります。

現在もEU全体で約3億頭の農場動物がケージ飼育されています(Compassion in World Farming, 2024年)

これは、日本の人口の約2.4倍に相当する数の動物が、身動きもままならない状態で一生を過ごしているということです。

 

バタリーケージとは何か

採卵鶏が収容される「バタリーケージ」は、1羽あたりの面積が約550〜750平方センチメートル。

これは、A4用紙(210×297mm)よりわずかに広い程度です。

鶏は本来、1日に数キロ歩き回り、土を掘り、羽を伸ばし、高いところに止まる行動をとります。しかしバタリーケージの中では、羽を広げることさえできないのが現実です。

 

繁殖母豚のストール

繁殖に使われる母豚は、「ストール」と呼ばれる個別の檻に入れられます。

横幅60センチ程度の鉄製の箱の中で、豚は何週間にもわたり、振り向くことも、横になることも自由にできない状態に置かれます。

EFSAの科学的見解では、このような飼育環境は豚に「深刻な苦痛」をもたらすと明記されています。


EUの動物福祉政策はどこまで進んでいたか

 

世界をリードしてきたEUの動物福祉

EUは長年、動物福祉の国際的なリーダーとして評価されてきました。

1974年の屠畜前気絶処置指令から始まり、1997年のアムステルダム条約では「動物は感受性を持つ存在」として条約に明記。 2009年のリスボン条約でも動物福祉の尊重が基本条約に盛り込まれました(農林水産省調査報告書, 2014年)。

 

Farm to Fork戦略への期待

2020年、欧州委員会は「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」を発表しました。 これは、2030年までに欧州の食料システムをより持続可能なものに転換する包括的な計画です。

動物福祉の改善もその重要な柱のひとつに位置づけられており、ケージ飼育の段階的廃止はその核心でした。

 

しかし、2023年に約束は破られた

欧州委員会は2023年末を期限として法案提出を約束していましたが、その期限を無期限に先送りしました。

2024年1月、欧州委員会は欧州議会に対し、「ケージフリーシステムへの移行にはコストと移行期間についてさらなる協議が必要」と説明しました(欧州議会シンクタンク, 2024年7月)。

 

そして2024年9月には農業報告書を発表し、ケージ廃止を「推奨」したものの、具体的な義務や期限は一切設けないという内容にとどまりました。

市民が求めた「法的拘束力のある禁止」は、「努力目標」に格下げされたのです。


畜産ロビーの実態|見えない力がEU政策を動かす

 

Copa-Cogecaという存在

EU農業政策を語るうえで欠かせないのが、欧州農業組織委員会・欧州農業協同組合委員会(Copa-Cogeca)の存在です。

この団体は、EU最大の農業生産者代表組織であり、ブリュッセルに常設のロビイスト組織を持ちます。

加盟組織は50か国以上、代表する農業者は1,100万人以上。 その政治的影響力は非常に大きく、EUの農業政策はこの団体の意向を強く反映する形で形成されてきました。

 

ケージ廃止への明確な抵抗

ジェトロのビジネス短信(2021年7月)によれば、Copa-Cogecaはケージフリーへの移行について「生産者の立場からは多大な投資と努力が求められる」と述べ、規制強化には慎重な姿勢を示し続けています。

また同団体は、EU域内の生産者に対してのみ厳しい動物福祉基準が課されることへの不公平感を強調し、輸入品への基準適用を求めることで議論の焦点を「域内規制強化」からずらす戦術を取ることもあります。

 

農業ロビーが環境規制を後退させた前例

2024年には、ケージ飼育廃止だけでなく、農業分野の環境要件全体が大幅に緩和されました。

2023年末から2024年初にかけてヨーロッパ各地で農業者の大規模デモが発生。 この抗議活動を受けて、欧州委員会は共通農業政策(CAP)の環境要件「GAEC」を緩和する改正案を提案し、わずか2か月でEU理事会が承認するという異例のスピードで政策変更が行われました(農畜産業振興機構, 2024年5月)。

一方、この動きについてグリーンピースを含む140以上の環境・市民団体は、「欧州議会選挙対策であり、環境保護の取り組みを損なうもの」と強く批判しました。

 

政治サイクルが政策を歪める

2024年6月に行われた欧州議会選挙では、右派・極右政党が議席を大幅に伸ばし、農業・食料政策をめぐる議論の力学が変わりました。

選挙を前にした時期において、各国の農業者票を意識する政治家が動物福祉よりも農業者保護を優先させるのは、ある意味で政治的合理性があります。

しかし、そのしわ寄せを受けるのは、選挙権を持たない動物たちです。


欧州委員会はなぜ約束を破ったのか?

 

三つの構造的要因

欧州委員会が2023年の期限を守れなかった背景には、単なる「怠慢」ではなく、複雑な構造的要因があります。

 

① 農業者の政治的影響力

EU農業者は、政治家にとって無視できない有権者基盤です。 特に2023〜2024年のデモに象徴されるように、農業者の怒りは政治的に強い圧力として機能します。

 

② ウクライナ侵攻による食料安全保障の優先

2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、EU内では「食料安全保障」が最優先課題となりました。 この文脈の中で、生産コストを上げる可能性のある動物福祉規制は、「今は時期ではない」という論理で先送りしやすい状況が生まれました。

 

③ 科学的検討という名の時間稼ぎ

欧州委員会は、欧州食品安全機関(EFSA)への科学的意見聴取や影響評価を繰り返し要求しました。 これは本来必要なプロセスですが、すでに科学的コンセンサスが確立している問題については、「さらなる検討」が実質的な先送り手段になり得ます。

 

政策後退の証拠

農畜産業振興機構が報告しているように、2025年2月に発表された「農業と食のビジョン」でも、環境団体は「2024年9月の戦略的対話の提言から後退している」と批判。 具体的には、動物性たんぱく質から植物性たんぱく質への移行支援が言及されなかった点などが問題視されています(農畜産業振興機構, 2025年3月)。


先進国の動き|個別規制で進む加盟国たち

 

EUの停滞に先行する加盟国

興味深いことに、EU全体での立法が止まっている間、個々の加盟国では独自の規制が進んでいます。

学術論文(MDPI, 2024年)によれば、すでに次の国と地域がケージを全面または部分的に禁止しています。

 

国・地域 禁止内容 実施時期
オーストリア 全面禁止 2025年までに
ルクセンブルク 全面禁止 2025年までに
フランス 段階的廃止 2025〜2030年
ドイツ 段階的廃止 2025〜2030年
チェコ 部分禁止 2027年まで
ベルギー(ワロン地域) 段階的廃止 2030年まで

 

企業も動いている

食品メーカーや小売業者の動きも注目に値します。

ヨーロッパの主要なスーパーマーケットチェーンやファストフード企業の多くが、2025年〜2030年までにケージフリー卵への移行を宣言しています。

これは市民・消費者の意識変化が、法規制を待たずに市場を変えている事例であり、「政策が追いつかなくとも、企業行動で変える」という方向性を示しています。

 

EU立法の遅れが競争条件を歪める

一方で、EU全体での統一基準がないことは別の問題を生みます。

動物福祉に高い基準を設けた国の農業者は、コスト上昇により低基準の国や輸入品との競争で不利になります。 これが逆に、進んだ国の農業者が「EU全体で均一な規制を求める」という皮肉な状況を生み出しています。


市民の怒りが裁判へ|司法という最後の手段

 

史上初「欧州委員会を訴えた市民イニシアチブ」

2024年3月、動物福祉団体はついに欧州連合司法裁判所(CJEU)に訴えを提起しました。

欧州市民イニシアチブが欧州委員会を裁判所に訴えた、これが史上初のケースです。

主導したのはCompassion in World Farmingで、「欧州委員会が法的拘束力のある約束を履行しなかった」として、新たな期限の設定と関連文書の開示を求めました(Animal Equality, 2025年2月)。

 

裁判の進展

その後の動きは以下の通りです。

  • 2025年1月:Animal Equality・Eurogroup for Animals・LAVなどの主要NGOが「補助参加人」として裁判に参加することが承認される
  • 2025年上半期:裁判所が公開審理の実施を決定
  • これは、NGO側が「委員会がケージ飼育廃止の立法提案について明確かつ合理的な新しいタイムラインを示すよう求める機会」として評価

裁判所という舞台で、「政府はECI(欧州市民イニシアチブ)の約束を守る義務があるか」が正面から問われることになります。

 

欧州委員会の「部分的な前進」

こうした圧力を受けてか、欧州委員会は2025年2月に「農業と食のビジョン」を発表。 ケージ廃止を含む動物福祉法の改正提案を行う意思を示し、2025年9月には公開諮問も開始されました(欧州委員会公式サイト, 2025年9月)。

しかし、具体的な禁止時期・法的拘束力・対象動物の範囲はいまだに明確にされていません。

動物福祉活動家たちは「前進ではあるが、十分ではない」と口をそろえています。


日本への示唆|動物福祉後進国としての現在地

 

日本の動物福祉の現状

EUでのこの動きを、日本は決して「海外の話」として傍観できません。

日本における動物福祉の現状は、EUと比較すると大きな差があります。

  • 採卵鶏の約95%以上がバタリーケージ飼育(農林水産省データより推計)
  • 日本では採卵鶏に関する飼育スペースの法的基準がなく、1羽あたり370平方センチメートル程度の「推奨基準」があるにすぎない
  • アニマルウェルフェアに関する独立した法律は存在しない(動物の愛護及び管理に関する法律が一部適用)

農林水産省は近年「アニマルウェルフェアに関する飼養管理指針」の改定を進めていますが、EUのような法的拘束力を持つ規制にはほど遠い状況です。

 

なぜ日本でも重要か

 

① 輸出入への影響

EUがケージフリー基準を輸入品にも適用した場合(これはEU-日本EPAの文脈でも議論されています)、日本の畜産品の輸出に影響が出る可能性があります。

 

② 消費者意識の変化

日本でも「アニマルウェルフェア」という言葉が消費者の間で認知され始めています。 特に若い世代を中心に、購買行動を通じて動物福祉を支持する動きが広がっています。

 

③ 国際的な評価

2023年に発行された国際的なアニマルウェルフェア指数では、日本はG7の中でも低い評価にとどまっています。 EU基準の動向は、今後の日本の政策議論にも直接的な影響を与えてくるでしょう。


まとめ|政治と産業の力関係が動物の命を左右する

 

この記事で見てきたことを整理しましょう。

 

事実として起きたこと:

  • 140万人以上のEU市民が「ケージ飼育廃止」を求めて署名した
  • 欧州委員会は2023年末までに法案を提出すると約束した
  • その約束は破られ、動物たちはいまもケージの中にいる

なぜ起きたか:

  • Copa-Cogecaを中心とした農業ロビーの強力な政治的影響力
  • 選挙を意識した政治家の短期的思考
  • 「食料安全保障」という名目による政策の後退
  • 科学的検討という名の時間稼ぎ

しかし、動きは止まっていない:

  • 市民団体が裁判という手段を選んだ
  • オーストリアやルクセンブルクなど先進加盟国が独自に規制を実施
  • 企業がケージフリーへの移行を宣言
  • 2025年に公開諮問が始まり、法改正の議論が再始動

動物福祉と産業利益は、本当に相反するものなのでしょうか。

オーストリアは先行してケージ飼育を禁止しましたが、その卵は高付加価値商品として市場に受け入れられています。 ドイツでも、アニマルウェルフェアラベルを持つ製品の売上は年々伸びています。

「動物福祉は経済の敵ではなく、持続可能な農業の条件である」という認識が、少しずつ社会に広がっています。


政治が動かないなら、消費者が動く。 消費者が動けば、企業が動く。 企業が動けば、政治は動かざるを得なくなる。

あなたの選択が、ケージの中の動物に届きます。

次にスーパーで卵を手に取るとき、ぜひ「ケージフリー」「平飼い」「オーガニック」という表示を探してみてください。 そしてこの記事を、動物福祉に関心を持つ友人・家族とシェアしてください。

一人ひとりの小さな行動が、3億頭の動物の未来を変える力になります。


参考情報・関連リンク


この記事は公開情報・公的機関のデータをもとに作成しています。最新の政策情報については各機関の公式サイトをご確認ください。

 

 

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この記事を書いた人

阪本 一郎

1985年兵庫県宝塚市生まれ。
新卒で広告代理店に入社し、文章で魅せるということの大事さを学ぶ。
その後、学習塾を運営しながらアフィリエイトなどインターネットビジネスで生計を立て、SNSの発信力を磨く。
ある日公園で捨てられていた猫を拾ってから、自分の能力を動物のために使いたいと思うようになり、猫カフェを開業。
ヴィーガン食品、平飼い卵を使った商品を開発。
今よりもっと動物が自由に生きられる世の中にしたいと思い、行動しています。

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