アルゼンチンの干ばつで家畜が大量死|気候変動が引き起こす動物福祉の危機を徹底解説

牧草は枯れ、川は干上がり、牛たちは水も食べ物も得られないまま命を落としていく。 これは遠い国のフィクションではありません。アルゼンチンで、今まさに起きている現実です。
気候変動が深刻化するなか、アルゼンチンの干ばつによる家畜大量死が、世界の動物福祉関係者の間で大きな問題となっています。
「動物福祉」というと、工場式農場の飼育環境や輸送問題をイメージする方が多いかもしれません。しかし近年、気候変動そのものが家畜に対する直接的な苦痛をもたらすという新しい課題が浮かび上がっています。
この記事では、アルゼンチンで何が起きているのかを具体的なデータとともに解説し、気候変動と動物福祉の深いつながりについて考えていきます。
アルゼンチンの干ばつ——何が起きているのか
「過去60年で最も乾燥した年」
アルゼンチンは南米を代表する農業・畜産大国です。
世界有数の牧草地帯「パンパ」を擁し、長年にわたって牛肉の生産・輸出を支えてきました。しかしその大地が、かつてない規模の干ばつに見舞われています。
ロサリオ穀物取引所(BCR)の報告によると、2022〜2023年度は過去60年間で最も乾燥した年度となりました。
アルゼンチン農業庁・国立農牧技術院(INTA)・国立気象局(SMN)で構成される国家干ばつ監視委員会の調査によると、国内の農業適地3,300万〜3,400万ヘクタールのうち75%が降雨不足による干害に見舞われ、畜産や林業地域を含めると全国の約1億2,600万ヘクタールが水不足の状況に置かれました。
さらに翌2023年には、畜産・林業地域を含めた全国の水不足エリアが約1億7,400万ヘクタールにまで拡大しました。
国土面積が約278万平方キロメートルのアルゼンチンにおいて、これがいかに広大な被害かを想像してみてください。日本の国土面積の約4.6倍に相当する土地が、水不足に苦しんでいたのです。
歴史的猛暑も追い打ち
干ばつだけでも深刻な状況でしたが、そこに記録的な猛暑が重なりました。
2023年3月としては統計開始以来の歴史的猛暑に見舞われ、農地はさらに乾燥の一途をたどりました。牛にとって命綱となる牧草も、川の水も、急速に失われていきました。
なぜ3年も続いたのか?ラニーニャ現象と気候変動の関係
ラニーニャ現象が引き金に
今回の大規模干ばつの直接的な引き金となったのが、ラニーニャ現象です。
ラニーニャ現象とは、太平洋赤道域の海面水温が平年よりも低い状態が続くことで、世界各地に異常気象をもたらす気候現象です。
ラニーニャ現象が発生すると、南米のアルゼンチン北部やウルグアイといったラプラタ川河口付近の降水量が減少します。この場所には「パンパ」とよばれる温帯草原が広がっており、土壌が肥沃なことから農業に適しています。
アルゼンチンでは、ラニーニャ現象による降雨量不足の影響により、3年連続で全国的な水不足に見舞われました。3年連続というのは極めて異例のことで、このような3年連続のラニーニャ現象の影響は、1998年から2001年にかけて以来のことでした。
気候変動がラニーニャを「増幅」させる
ただし、ラニーニャ現象は以前から存在していた自然現象です。では、なぜ今回これほど深刻な被害が生じたのでしょうか。
その背景には、地球温暖化による気候変動の進行があります。
ロサリオ穀物取引所(BCR)の専門家によると、NOAAや欧州中期予報センター(ECMWF)などの分析では、南米沿岸の海面水温が「過去25年間でほぼ観測されていない水準まで低下している」と報告されています。
気候変動によって気象の極端化が進むと、ラニーニャ現象の影響もより激しくなります。干ばつの期間が長くなり、猛暑の温度が上がり、回復までの時間が延びる。この悪循環が、アルゼンチンの家畜たちを長期にわたって苦しめてきました。
干ばつが家畜に与える苦痛——動物福祉の視点から
「5つの自由」が失われるとき
動物福祉の国際基準として広く知られているのが、英国で提唱された「動物の5つの自由(Five Freedoms)」です。
- 飢えと渇きからの自由(適切な食事と飲料水の提供)
- 不快からの自由(適切な環境の提供)
- 痛み・傷・病気からの自由(予防・治療の実施)
- 恐怖と抑圧からの自由(精神的苦痛を与えない)
- 通常の行動を表現できる自由(本来の行動を発現できる環境)
干ばつの状況において、牛はこの5つの自由のうち、複数を同時に侵害される状態に置かれます。
飢えと渇き:牧草が枯れ、水源が干上がれば、食料も水も手に入りません。牛は1日に大量の水を必要とする動物です。成牛は気温や活動量によって1日あたり30〜100リットル以上の水を飲む必要があります。水が確保できなければ、脱水、臓器不全、そして死に至ります。
不快と苦痛:猛暑と水不足が重なると、牛は熱ストレス(ヒートストレス)に陥ります。体温調節ができなくなり、呼吸が速くなり、食欲も生産性も著しく低下します。
恐怖と抑圧:飢えと渇きに苦しみながらも逃げ場のない牛たちが経験するストレスは、計り知れないものがあります。
緩やかな死——最も残酷な苦痛
急性の苦痛と比べて、慢性的な飢えや脱水による死は「静かに進行する」だけに、見過ごされがちです。
牛が飢餓状態に陥ると、まず体脂肪が消費され、次に筋肉が分解され、最終的に臓器が機能を停止します。このプロセスは数日から数週間にわたって続き、その間ずっと苦痛を伴います。
干ばつによる家畜の大量死は、統計上の数字として扱われがちですが、その一頭一頭が苦痛の中で命を落としているという現実を、私たちは直視する必要があります。
子牛への影響——未来を奪われる命
特に深刻なのが、子牛(カーフ)への影響です。
3年連続の干ばつはラニーニャ現象によるもので、繁殖牛や若い雌牛の繁殖条件に悪影響を及ぼしました。母牛が栄養不足に陥ると、胎児の発育が阻害され、生まれてくる子牛も虚弱になります。生まれた子牛が哺乳できるだけの母乳が出ない場合も多く、生後まもなく命を落とすケースも少なくありません。
2024年の子牛の出生頭数は1,460万頭と推計されており、出生率は65.2%と前年の63.8%からわずかに改善したものの、2022年の66.7%を依然として下回る水準にとどまっています。
数字で見る被害の深刻さ
牛の頭数減少——150万頭が失われた
感情論だけでなく、データでも被害の深刻さを確認しておきましょう。
2023年末時点のアルゼンチンの牛の総頭数は5,278万3,892頭で、2022年の5,424万2,595頭と比較して約150万頭(2.7%)の減少となりました。
頭数の減少が最も大きかったのは雌牛で60万頭(2.6%減)、続いて子牛が44万4,000頭(2.9%減)、若い雌牛が31万4,000頭(4.1%減)となっています。
150万頭という数字は、実感しにくいかもしれません。しかし日本の和牛の飼養頭数(約260万頭前後)と比較すると、その規模の大きさがわかります。
穀物生産の崩壊が飼料不足を招く
干ばつは牧草だけでなく、家畜の飼料となる穀物の生産にも壊滅的な打撃を与えました。
ブエノスアイレス穀物取引所(BCBA)の発表によると、大豆・トウモロコシ・小麦などアルゼンチンの主要農作物の2022/2023年度総生産量は前年度比34.4%減の8,400万トンにとどまりました。前年度の1億3,000万トンから大幅に落ち込んだ計算です。
特に小麦の収穫量は44.6%も減る見通しとなりました。
牧草が枯れるだけでなく、補助的に与える飼料穀物まで入手困難・高騰するという二重苦が、生産者と家畜の両方を追い詰めました。
乳牛業界にも深刻な影響
干ばつによる牧草の不足が飼料コストを押し上げ、2023年後半の乳牛業界は特に厳しい状況となりました。これに伴い乳牛の屠殺率が高まり、15.5%という前年を上回る水準に達しました。
「緊急屠殺」という現実——追い詰められた生産者たち
家畜を生かすか、手放すか
干ばつが続くなか、多くの生産者が苦渋の選択を迫られました。
餌も水も確保できない状況で牛を飼い続けることは、経済的にも不可能です。結果として多くの生産者が、予定よりも早い段階での屠殺(緊急屠殺)を選択しました。
2023年の屠殺頭数は2009年以来最高水準となりましたが、それは深刻な干ばつが生産者を追い込んだことによるものでした。特に雌牛の早期屠殺が目立ち、これは将来の繁殖能力の喪失を意味します。
なぜ「緊急屠殺」が動物福祉問題なのか
「屠殺されるなら同じでは」と思う方もいるかもしれません。しかし、動物福祉の観点からは大きな違いがあります。
緊急屠殺の場合、通常の計画的な屠殺と比べて:
- 輸送時の状態が悪く、弱った個体に対する長距離輸送は苦痛が増大する
- 屠殺施設が処理能力を超えてしまい、適切な手続きが守られにくくなる
- 農場で倒れた個体が適切な処置を受けられないまま放置されるケースも生じる
また、緊急屠殺に向かう前の数週間〜数ヶ月間、牛たちは飢えと渇きの中で生き続けています。この期間の苦痛こそが、動物福祉上の最大の問題です。
世界と日本への波及——他人事ではない理由
食料安全保障への影響
アルゼンチンは世界有数の牛肉・大豆・トウモロコシの輸出国です。この国で起きた干ばつは、世界の食料市場に直接影響を与えます。
2023年のアルゼンチンの農作物輸出額は、2022年の433億6,300万ドルから48%も減少する見通しとなりました。
日本の畜産も無関係ではない
日本は畜産飼料の多くを海外に依存しています。
日本は濃厚飼料(乳牛以外の動物の多くの餌)の89%を海外から輸入しています。アルゼンチンやブラジルなど南米の農業大国が干ばつに苦しめば、飼料価格の高騰を通じて日本の畜産業にも影響が及びます。
飼料価格が上がれば、生産者はコスト削減のために管理水準を下げざるをえなくなることもあり得ます。つまり、遠い国での気候変動の影響が、日本国内の動物福祉にも間接的に関わってくるのです。
繰り返されるリスク——次の危機はすでに始まっている
ロサリオ穀物取引所(BCR)は、「2024年10月にアルゼンチンが再び強いラニーニャ現象の影響に直面する確率が77%に上がった」と警鐘を鳴らしました。
気候変動が進む限り、このような極端気象はさらに頻繁に、かつ激しくなると予測されています。アルゼンチンの今回の危機は、一度きりの出来事ではなく、これからも繰り返される「新たな日常」になりうるのです。
動物福祉の観点から求められる対応策
短期的な対応:苦痛を最小化する
干ばつが発生した際に家畜の苦痛を最小化するために、現場レベルでできることがあります。
緊急飼料の備蓄と輸送体制の整備
- 干ばつ早期警戒システムとの連動
- 飼料の緊急輸送ルートの確保
- 複数の水源へのアクセス確保(地下水、雨水タンクなど)
弱った個体への獣医的対応
- 脱水・熱ストレスに対する早期治療
- 苦痛が回復不能と判断された個体への人道的な安楽死の選択肢
- 獣医師の現地派遣支援体制
緊急屠殺における福祉的配慮
- 弱った個体の長距離輸送を避けるための移動式屠殺施設の活用
- 屠殺前の適切なスタニング(意識を失わせる処置)の徹底
中長期的な対応:構造的問題を解決する
気候変動への適応農業
気候変動に強い農業システムへの転換が求められています。
- 干ばつに強い牧草品種の開発・普及
- 水の効率的利用(点滴灌漑、雨水収集など)
- 放牧密度の適正管理による土壌・牧草の回復力強化
アルゼンチンとブラジルでは、干ばつに強い小麦品種(HB4)の商用化および栽培が承認されており、今後さらに拡大される計画があります。このような技術革新は、家畜の飼料確保にも貢献しうるものです。
動物福祉と気候変動政策の統合
現状、気候変動対策と動物福祉政策は、多くの国で別々に議論されています。しかし実際には、両者は深く連動しています。
気候変動対策として排出削減が進めば家畜への被害も減り、動物福祉が改善すれば生産効率も上がり環境負荷も下がる——この好循環を意識した政策設計が、国際的に求められています。
国際的な早期警戒・支援システム
国連食糧農業機関(FAO)やWorld Animal Protection(世界動物保護協会)などの国際機関を中心に、干ばつ発生時に家畜保護のための緊急支援が迅速に展開できるフレームワーク作りが急務です。
私たちにできること
消費者としての選択
気候変動と動物福祉の問題は、遠い国の話ではありません。私たちの日常の消費行動が、世界の農業・畜産業に影響を与えています。
食の選択
- 動物福祉認証(アニマルウェルフェア認証)のある製品を選ぶ
- 地産地消を心がけ、輸送エネルギーを削減する
- 肉・乳製品の消費を意識的に見直す
気候変動対策への参加
- 省エネ・再生可能エネルギーの活用
- 政治・選挙を通じて気候変動対策を重視する政策の支持
- 気候変動問題に取り組む団体へのサポート
情報を広める
アルゼンチンの干ばつと家畜大量死の問題は、日本ではまだ十分に知られていません。この記事をシェアすることで、問題を広く知ってもらうことができます。
支援団体への寄付・参加
気候変動と動物福祉の両方に取り組む国際団体として、以下が代表的です。
- World Animal Protection(世界動物保護協会):気候変動が農場動物に与える影響に関する啓発・政策提言活動
- Four Paws(フォーポーズ):世界各地の動物福祉問題への緊急対応
- WWFジャパン:気候変動対策と生態系保全を包括的に推進
気候変動問題と動物福祉に関心のある方は、ぜひ本ブログの「動物福祉団体への支援ガイド」もあわせてご覧ください。
まとめ
アルゼンチンで起きた干ばつによる家畜大量死は、いくつかの重要な事実を私たちに突きつけています。
この問題の本質を整理すると:
- ラニーニャ現象が3年連続で続いた結果、過去60年で最悪の干ばつがアルゼンチンを襲った
- 農業適地の75%、全国の約1億7,400万ヘクタールが水不足に陥り、牧草・飼料が壊滅的に不足した
- 2023年末までに約150万頭の牛が失われ、子牛の出生率も低下した
- 気候変動の進行によって、このような極端気象はさらに頻繁に起きると予測されている
- 日本の畜産業も飼料輸入を通じて無関係ではなく、波及リスクを抱えている
そして動物福祉の観点から最も重要なのは:
これが「経済的損失」の問題にとどまらないということです。干ばつの中で命を落とした一頭一頭の牛は、飢えと渇きと熱ストレスの中で苦しみました。それは数字の問題ではなく、実際の苦痛の問題です。
気候変動は、今や遠い未来の環境問題ではありません。今この瞬間、動物たちに直接的な苦痛を与えている現在進行形の動物福祉問題です。
気候変動対策を動物福祉の問題として捉え直すこと。それが、アルゼンチンの危機が私たちに問いかけていることではないでしょうか。
あなたの食卓の選択が、地球の裏側の動物たちの命につながっています。今日から一つだけ、気候変動と動物福祉のために行動を起こしてみてください。
参考・引用資料
- ジェトロ「3年連続ラニーニャ現象で干ばつが深刻化、穀物生産への打撃も(アルゼンチン)」(2022年)
- ジェトロ「ラニーニャ現象による干ばつで2022/2023年度の穀物生産見通しに暗雲(アルゼンチン)」(2023年)
- ジェトロ「深刻な干ばつで大豆とトウモロコシが減産見通し(アルゼンチン)」(2023年)
- ジェトロ「大豆とトウモロコシの生産改善見通しを下方修正、再びラニーニャ現象の恐れ(アルゼンチン)」(2024年)
- USDA Foreign Agricultural Service「Argentina: Livestock and Products Annual」(2023年)
- USDA Foreign Agricultural Service「Livestock and Products Semi-annual」(2025年)
- Tridge「Due to the drought, 1.5 million cattle were lost」(2024年)
- 農林水産省「令和6年度 食肉需給構造分析調査委託事業(アルゼンチン)」(2025年)
- Hope For Animals「世界を襲う干ばつ——飼料、畜産に影響」
- 国際農林水産業研究センター(JIRCAS)「世界の干ばつスナップショット2023」
- 気象庁「エルニーニョ/ラニーニャ現象とは」
本記事は動物福祉専門ブログとして、公的機関・国際機関のデータに基づいて作成しています。
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