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野良犬問題の海外成功モデルとは?スリランカ・ブータンに学ぶ動物福祉の最前線

野良犬問題の海外成功モデルとは

 

「野良犬は殺処分するしかない」——本当にそうでしょうか?

アジアには、殺さずに問題を解決した国があります。 スリランカとブータン。 どちらも資金が豊富な「先進国」ではありません。 それでも、科学的なアプローチと社会全体の意識変革によって、野良犬問題に正面から向き合い、世界から注目される成果を上げました。

 

この記事では、海外の野良犬対策モデルとして注目される両国の取り組みを、データと具体例をもとに徹底解説します。 日本の現状と照らし合わせながら、私たちが今できることについても考えていきます。


野良犬問題が深刻な理由——数字で見る世界の現実

 

まず、野良犬問題がなぜ「動物福祉」だけの話に留まらないのか、背景を確認しておきましょう。

世界には推定約3億頭の野良犬が存在するとされています(HSI・Humane Society International発表)。 そのうち大多数はアジアに集中しており、インド・スリランカ・バングラデシュ・タイ・中国などが代表的な地域です。

野良犬が引き起こす問題は多岐にわたります。

  • 狂犬病の感染源:WHOによると、世界で年間約5万9,000人が狂犬病で命を落とし、そのうち約99%が犬による咬傷が原因です。犠牲者の約40%は15歳以下の子どもたちです。
  • 人への咬傷事故:野良犬による咬傷は、農村部・都市部を問わず深刻な公衆衛生問題です。
  • 動物自身の苦しみ:野良犬は飢餓・感染症・交通事故・迫害にさらされ続けます。

この問題に対して、かつて多くの国が採用してきたのが「捕獲して殺処分する」という方法です。 しかしこの方法には根本的な欠陥があります。

 

殺しても、また増える——。

捕獲・殺処分は一時的に頭数を減らすものの、空いた「生態的ニッチ」を埋めるように新たな犬が流入・繁殖するため、長期的な個体数管理に効果がないことが研究で繰り返し示されています。


人道的アプローチ「CNVR」とは何か

 

野良犬問題の解決策として、現在WHOや国際獣疫事務局(WOAH、旧OIE)が推奨しているのがCNVRという手法です。

CNVR = Catch(捕獲)→ Neuter(不妊・去勢手術)→ Vaccinate(ワクチン接種)→ Return(元の場所に戻す)

猫の「TNR」に相当するもので、犬版の「地域動物管理」と言えます。 このアプローチの特徴は次の通りです。

  • 繁殖を防ぐことで個体数を根本から減らす
  • 狂犬病ワクチンを接種することで感染リスクを低減する
  • 元の場所に戻すことで地域のテリトリーを維持し、新たな犬の流入を防ぐ
  • 殺さないため動物福祉の観点でも評価が高い

この手法を国家レベルで実践し、顕著な成果を上げた国がスリランカとブータンです。


スリランカの挑戦——「殺さない」を国の方針にした先進国

 

ノーキルポリシーの導入と狂犬病死亡者数の劇的減少

スリランカは2006年、野良犬の「ノーキル(不殺)政策」を国の方針として導入しました。 この決断の背景には、殺処分を繰り返しても野良犬の頭数が減らないという科学的な認識と、動物福祉への社会的な要求の高まりがありました。

政策転換後、CNVRを全土で展開した結果、数字に明確な変化が現れ始めます。

 

WHO(世界保健機関)のデータによると、スリランカの人間の狂犬病死亡者数は1970年代中頃の年間377人から、2021年には31人まで減少しています。

50年かけて、死者数を約92%削減した計算になります。 2022年には100万頭以上の犬にワクチンを接種し、4万頭の雌犬を不妊手術するというスケールで取り組みが続けられました(スリランカ公衆衛生獣医局発表)。

WHOの東南アジア地域レポートは、スリランカを「犬由来狂犬病の排除に向けた国家戦略を策定した、東南アジア地域で最初の国」として評価しています。

 

さらに2022年には、WHOの技術支援を受けながら「2022〜2026年国家戦略計画(NSP)」を策定。 ワンヘルス(One Health)アプローチ——人・動物・環境の健康を一体として捉える考え方——を基盤に据えた、包括的な狂犬病排除計画を進めています。

 

スリランカ方式の具体的なプロセス

スリランカのCNVRプログラムがどのように機能しているか、現地調査や学術論文(Indian Veterinary Journal, 2023)をもとに整理すると以下の通りです。

  • 地方自治体(地方議会)が中心となり、獣医師・NGO・ボランティアが連携
  • 都市部・農村部ともに定期的な野良犬個体数調査を実施(2013年・2015年・2017年・2019年の4回にわたる追跡調査が行われた)
  • 捕獲した犬を不妊手術・ワクチン接種後に元の場所へ返す
  • 市民からの苦情(攻撃行動・公衆衛生問題)も継続的に記録・分析
  • 学校や地域コミュニティへの啓発教育を並行実施

この研究では、CNVRの導入により野良犬による公衆への迷惑行為の報告件数が有意に減少したことも報告されています。 「犬の数を減らす」だけでなく、「人と犬の関係を改善する」効果も確認された点は重要です。

 

課題と正直な現状認識

スリランカの取り組みは世界的に高く評価されていますが、課題がないわけではありません。

2023年初頭には狂犬病ワクチンの在庫不足が報告され、一時的に接種プログラムが停止する事態が生じました(スリランカ公衆衛生獣医局局長発表)。 これは予算・調達の安定性が、CNVRプログラムの継続に不可欠であることを示しています。

 

また、スリランカ全土での野良犬の個体数管理には地域ごとのばらつきがあり、地方自治体の意識・能力・資金力によって実施状況に差が生まれています。

それでも、「殺さない」という国の姿勢を20年近く維持し、狂犬病死者数を大幅に削減したことは、世界の野良犬対策モデルとして揺るぎない事実です。


ブータンの奇跡——世界初「野良犬の全頭不妊・ワクチン接種」を達成した国

 

14年間の挑戦と歴史的達成

スリランカの取り組みが「国家方針の転換」という点で画期的なら、ブータンが達成したことは世界が誰も成し遂げたことのない偉業です。

 

2023年10月、ブータン首相ロテイ・ツェリン博士は首都ティンプーで開催された正式な閉幕式典で、こう宣言しました。

「ブータンは、国内に生息する野良犬のすべてに不妊・去勢手術とワクチン接種を完了した世界初の国になった」

2009年から14年間にわたって実施された「国家犬個体数管理・狂犬病対策プロジェクト(National Dog Population Management and Rabies Control Project)」が完結した瞬間です。

プロジェクトを支援したHSI(Humane Society International)の発表によると、その成果は以下の通りです。

  • 15万頭以上の野良犬に不妊・去勢手術とワクチン接種を実施
  • 3万2,000頭のペット犬にマイクロチップを装着
  • ブータン政府の獣医師35名以上がCNVR技術を習得
  • 100名以上のパラ・ベテリナリアン(補助的な医療スタッフ)を育成
  • 全20行政区(ゾンカグ)のうち18区に地域動物産児制限プログラムを展開

プロジェクトが成功した3つの理由

ブータンの成功は偶然ではありません。背後には、明確な戦略と国家・社会の意思がありました。

 

理由① 仏教的価値観と政策の一致

ブータンは国教に仏教を据え、「すべての命の尊重」を文化的価値観として共有しています。 「殺さずに解決する」というCNVRのアプローチは、国民感情と自然に一致していました。 政府が動物福祉を政策として推進しやすい土壌が、最初から整っていたのです。

 

理由② 段階的な現地化戦略

プロジェクト初期(2009〜)は、チームの90%をHSIのインド人獣医師が占めていました。 ブータン人スタッフは10%のみで、犬の捕獲や補助業務を担当する形でスタートしました。

しかし2012年からのフェーズ2では、構成が逆転します。 ブータン人スタッフが90%を占めるようになり、王立ブータン政府の獣医師30名が高度なCNVR技術を習得して全土に配置されました。 「外部依存からの自立」を計画的に進めたことが、プログラムの持続可能性を高めました。

 

理由③ 2015年時点での中間評価と継続

2015年に実施された全国調査では、不妊手術・ワクチン接種の平均カバー率が70%以上に達したことが確認されました。 WHOガイドラインでは、狂犬病の集団免疫達成には犬の個体数の70%以上へのワクチン接種が必要とされているため、この時点でブータンはすでに集団免疫の閾値を越えていたことになります。 この成果が確認されたことで、プロジェクトへの社会的信頼と政府のコミットメントが強化されました。

 

世界が注目する「ブータンモデル」

ブータンの達成はWHOや国連からも称賛を受け、「経口狂犬病ワクチン」の積極的な導入を含む野良犬管理の強化が世界各国に推奨されるきっかけになっています。

インド・インドネシア・フィリピンなど、野良犬問題を抱える多くのアジア諸国で、「ブータンが証明した方法を参考にしよう」という議論が起きています。

 

2025年8月にはインドのデリー最高裁が野良犬の排除を命令したことで論争が起きましたが、専門家たちは「ブータン方式の人道的・段階的モデルこそが、公共安全と動物福祉の両立に資する」と主張しています。

小さな仏教国が、世界最大の動物福祉の達成を示した——。 その事実は、規模や経済力だけが問題解決の条件ではないことを教えてくれます。


日本の現状と海外モデルから学べること

 

日本の野良犬・殺処分の現状

日本における野良犬問題は、欧米やアジアの一部と比較すると「改善途上」の段階にあります。

環境省の統計によると、2023年度(2023年4月〜2024年3月)に保健所等で引き取られた犬は約1万9,352頭、そのうち1,964頭が殺処分されています。 1日平均5頭以上の犬が殺処分されている計算です。

ピーク時の2004年には年間15万5,870頭が殺処分されていたことを考えると、大幅な削減が進んでいます。 しかし、「1頭も殺処分しない」という目標にはまだ届いていません。

日本で犬のCNVRを導入する際の法的課題として以下が挙げられます。

  • 狂犬病予防法:野犬の抑留義務と「元の場所に戻す」の整合性
  • ワクチン有効期間の問題:日本では狂犬病ワクチンの有効期間が1年で、毎年接種が必要
  • 厚生労働省の立場:野犬を野放しにすることを前提としたTNRへの慎重な姿勢

これらの課題はすぐには解決できませんが、スリランカ・ブータンの経験は、法律・制度の設計次第で人道的な野良犬管理は十分可能であることを示しています。

 

日本が今できること

スリランカやブータンの成功要因を日本に置き換えると、次のような示唆が得られます。

  • 環境省が「犬のCNVR」を自治体への技術的助言として認めることで、法的整合性を確保できる可能性がある
  • 自治体レベルでの不妊手術助成の拡充:猫だけでなく、野良犬への支援を広げる
  • 市民教育と啓発活動:「野良犬は怖い・危険」という感情論から、「どう共生するか」という議論へ
  • 官民連携の強化:動物福祉団体・獣医師・行政・地域コミュニティが連携するプラットフォームの構築

ブータンが証明したように、現地スタッフの育成と段階的な自立化は、持続可能なプログラムの鍵です。 日本でも、獣医師や動物福祉の専門家が地域に根ざした活動を担える環境づくりが重要になります。

 

また、スリランカが取り組んだように、「人と犬の関係改善」を目標に加える視点も重要です。 野良犬を「排除すべき問題」ではなく「共に管理していく存在」として捉え直すことが、長期的な解決につながります。


スリランカ・ブータン成功事例の比較まとめ

 

比較項目 スリランカ ブータン
政策転換年 2006年(ノーキルポリシー導入) 2009年(CNVRプロジェクト開始)
主なアプローチ 国家主導のCNVR+市民啓発 HSIとの国際連携+現地化戦略
主な成果 狂犬病死者を377人→31人に削減 世界初・全頭不妊手術&ワクチン達成(15万頭以上)
支援機関 WHO・Mission Rabiesなど HSI(Humane Society International)
特徴 ワンヘルスアプローチ・国家戦略計画 仏教的価値観との一致・段階的現地化
課題 ワクチン調達の安定性・自治体格差 継続的なモニタリング体制の維持

まとめ——「殺さない」は夢想ではなく、証明された現実

 

スリランカとブータン。 この2カ国が示したのは、野良犬対策モデルとして「殺処分に頼らない解決策が機能する」という事実です。

  • スリランカは狂犬病による人間の死亡者数を50年で約92%削減した。
  • ブータンは14年間で世界初・全頭不妊手術とワクチン接種を達成した。

どちらも一夜にして成し遂げた奇跡ではありません。 政策の一貫性、市民の理解、国際的な連携、そして「動物も人間社会の一員として管理する」という共通の価値観が、長い時間をかけて積み重なった結果です。

日本はまだ1日5頭以上の犬が殺処分されています。 しかし、環境省のデータが示す「2004年比で70分の1以下」という削減実績は、日本社会が確実に変わってきた証拠でもあります。

 

海外の成功事例を「他国の話」で終わらせず、日本の制度・文化・地域社会に合わせた形で取り入れていく議論を、私たち一人ひとりが始めることが、次のステップです。


あなたにできる第一歩は、まず「知ること」から始まります。 この記事をSNSでシェアして、スリランカ・ブータンの野良犬対策モデルを、もっと多くの人に届けてください。


参考情報・出典

  • Humane Society International(HSI)「Kingdom of Bhutan is first country in the world to achieve 100% street dog sterilization and vaccination」(2023年)
  • WHO South-East Asia Journal of Public Health「Sri Lanka takes action towards a target of zero rabies death by 2020」(2016年)
  • WHO「Development of Sri Lanka’s National Strategic Plan for the elimination of dog-mediated human rabies (2022-2026)」(2022年)
  • Indian Veterinary Journal「Determination of CNVR Model Effect: Stray Dog Population Management, Public Nuisance and Dog Abuse in Sri Lanka」(2023年)
  • 環境省「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」(令和6年度)
  • Spay Vets Japan「日本で犬のTNRは可能か?」

 

 

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この記事を書いた人

阪本 一郎

1985年兵庫県宝塚市生まれ。
新卒で広告代理店に入社し、文章で魅せるということの大事さを学ぶ。
その後、学習塾を運営しながらアフィリエイトなどインターネットビジネスで生計を立て、SNSの発信力を磨く。
ある日公園で捨てられていた猫を拾ってから、自分の能力を動物のために使いたいと思うようになり、猫カフェを開業。
ヴィーガン食品、平飼い卵を使った商品を開発。
今よりもっと動物が自由に生きられる世の中にしたいと思い、行動しています。

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